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JikandoArchive → Puzzle in hospital 11 November 2004
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Archive / 戯曲集

●Scripts of Jikando / 時間堂公演戯曲集

「びょういんのパズル」 黒澤世莉
女性5人 男性3人 90分
時間堂上演時の情報へ。

登場人物
上野あさこ 二〇歳前後 女性 無職。美大の浪人中。画家になるのが夢だが、事故で右手が不自由になる。
目黒ゆり 二〇歳前後 女性 無職。趣味はパズル。九歳のときに白血病を発病。入退院をくりかえしている。
新橋ゆうこ 三〇代 女性 経営者。
神田りゅうた 二〇代 男性 血液内科研修医。血液の専門家を目指している。
渋谷ちぐさ 三〇代 女性 優秀な血液内科医。
高田さくら 三〇歳前後 女性 三階主任看護婦。
馬場きみひで 二〇代 男性 新米看護士。
新橋有楽 三〇歳前後 男性 経営者。
鶯谷 入院患者。ピアニスト。*音響で代用可能。

設定
時代 現代。二〇世紀から二一世紀にかけてのいつか。
季節 盛夏。盆のころ。
時間 一幕、夕暮れ。二幕、早朝未明。
場所 東京から少しだけ離れた、海岸近くの総合病院。
舞台 病室と、そこに至る廊下。病室内にはベッドが二つ。廊下にはイス。廊下の端に音楽室とピアノ。
(▼つきのせりふは廊下での会話)

一幕

 開場すると、病室には新橋がいる。時間をかけて念入りに化粧をしている。となりの音楽室では鶯谷がピアノを弾いている。廊下では人々が歩いている。
 神田入場。廊下でタバコを吸う。高田入場。神田を注意する。神田、高田、退場。
 開演時間になって、廊下から馬場入場。

馬場 目黒さん。目黒ゆりさん。いません?
新橋 みつからないの?
馬場 はい。困りました。検査をさぼるなんて信じられませんよ。しっかり言って聞かせないと
新橋 本気ね、今日は
馬場 いつも本気です。まったく、どれだけの人に迷惑がかかるかわかっているのかな。新橋さん、本当に心当たりありませんか
新橋 お菓子あるけど、食べる?
馬場 そんな、結構です
新橋 まあまあ、どうぞ
馬場 悪いなあ。いただきます
新橋 うまくなった?
馬場 (もぐもぐ食べながら)なにがです
新橋 採血
馬場 ばっちりですよ
新橋 よかったわね
馬場 昨日はみんな二回で入りました
新橋 え、全員二回さしたの?
馬場 はい
新橋 何人?
馬場 (指を三本立てる)
新橋 三人
馬場 三○人ですよ
新橋 三○人。みんな?
馬場 努力のかいがありました。いままで平均三回だから、三分の二ですよ
新橋 すごいね。馬場くん、転職って考えたことある?
馬場 はい。看護士は僕の天職です
新橋 がんばってね
馬場 今からやって見せましょうか? 左腕を出してください

 嫌がる新橋。廊下から神田入場。

神田 おっす
新橋 先生、馬場くんが私にひどいことするんです
馬場 何もしていないじゃないですか
神田 (馬場に)なにやってんの
馬場 (もぐもぐ食べながら)仕事ですよ
神田 ふーん。油売ってるとまずいんじゃないの?
馬場 見つかりました?
神田 (新橋に)二人は?
新橋 さあ?
神田 困りますよ、ちゃんと見ていてくれないと
新橋 (神田に)あなたの仕事でしょう
神田 オレの仕事か。(馬場に)お前の仕事だってさ。だめだよ、ちゃんとやってくれなくちゃ。ちゃんと探せよ
馬場 先生も探してくださいよ
神田 オレはダメなんだよ。三分以上活動できないんだから
馬場 ずいぶん早いんですね
新橋 うわ、下品
馬場 は? いや、そういう意味じゃ
神田 セクハラ看護士
新橋 セクハラ看護士
馬場 違いますって
新橋 もっと言ってよ、馬場くんの下品な発言聞きたい
馬場 聞きたいって言われても
神田 遊んでばっかりなんだから
馬場 真面目にやっていますよ
神田 なにが真面目だよ。セクハラしながらうまそうにクッキー食ってるだけじゃないか
新橋 食べたいならそう言えばいいでしょ
神田 ありがとうございます。(もぐもぐ食べながら)ごちそうさま

間。

神田 静かだな
馬場 先生がだまればね
神田 俺こう見えても日本物静か大会四位よ

 間。

新橋 ビミョウね
神田 ほら、静かになった
馬場 そういう大会なんですか
神田 あるわけないだろ、そんな大会
新橋 探さなくていいの?
神田 どうせもう間に合いませんから。明日にでもやりなおしでしょ
馬場 患者さんの前でそんなこと言わないでくださいよ
神田 しっ

 間。

神田 ヒグラシだ
新橋 ほんとう。夏も終わるわね
馬場 お盆ですからねえ
神田 医者には盆も正月も関係ねえよ
新橋 お疲れ様です
神田 仕事ですからね
馬場 新橋さんは帰らないんですか?
新橋 そうね
神田 今日は二号さんですか、三号さんですか? ばっちりメイクしちゃって
馬場 本当だ、目が青い
神田 アホかお前は。目が青いとか言うなよ。まず新橋さんを誉めるんだよ。そういうとこがダメなんだよ
馬場 すみません
神田 おまえにほれる女どもの気が知れないね
新橋 タデ食う虫も好き好きって言うから
馬場 フォローになってないじゃないですか
神田 まあ、これだけクソ暑いと、熱中症の後遺症でお前に惚れる可能性はある
馬場 はいはい。どうせ僕を相手にしてくれる人は病気の人だけですよ
神田 そう落ち込むなよ
馬場 誰のせいですか!
神田 今日みたいな日は何して遊ぼうか?
馬場 仕事しますよ
神田 バカ、休みのときの話だよ
馬場 やっぱり海じゃないですか
神田 海、いいね。一日中ここにいると、季節感もへったくれもないからな
新橋 涼しくてていいじゃない
神田 わかってないな、新橋さん。夏は汗だらだら流すのが良いのです。焼けた鉄板みたいになった砂浜でやく最高でしょ
馬場 それ、同感
神田 だろ
新橋 理解できないわ
馬場 行きたいですね、海
馬場 (新橋に)今年は行かれました?
新橋 私は行かないわよ
馬場 外泊される時に行かれたらいいのに
新橋 苦手よ、暑いところは
神田 (新橋の飲み物のにおいをかぐ)今日は入れ替えられていないんですね。
新橋 そうです
神田 (新橋の肩に手を回しながら)どうりで素敵だと思いました

 上野と目黒、こっそり入場。病室の状況を伺う。

馬場 神田先生
神田 なんだよ
馬場 僕の目が黒いうちは許しませんよ。どこかよそでやってください
神田 で?
馬場 で
神田 なんだよ
馬場 ここで患者さんや看護婦を手当たりしだいくどくのはやめろって言って
神田 (さえぎって)バカ、そんなこと言う奴があるか

 神田と馬場が取っ組み合う。部屋の様子をうかがっていた上野と目が合う。廊下に追いかけて行く馬場と神田。

神田 よう。お元気そうでなにより
馬場 今日四時から検査でしたよね
上野 ごめんごめん
目黒 そうだったっけ

上野と目黒、入室。

馬場 どこに行っていたんですか?
目黒 ちょっとそこまで
馬場 そこってどこ
上野 そこいらへんを歩いてきただけよ
馬場 無断で外出しないで下さい
目黒 散歩しただけよ、そんなに目くじら立てること
馬場 約束は守ってください
上野 ごめんなさい
目黒 ガミガミガミガミうるさいっちゅうの
神田 カニ(筆者註 海産物ならなんでもいいです)は美味しかった?
目黒 あんなちっこいの食べられないよ
馬場 海まで行ったんですか

間。

目黒 行ったわよ
馬場 自分の身体のことわかってるんですか
目黒 うるさい
神田 ばれたら大変だ、ただでさえ渋谷先生、ふくらんでいたのに
上野 ふくらむの?
神田 あの人怒ると体重二トンになるんだ
上野 (馬場に)どうかこのことは御内密に
馬場 ダメです
上野 お願いしますよ、あら、今日の馬場さんちょっと素敵なんじゃない?
馬場 あ、そうかな
目黒 そうだね、バンビ(筆者註 なんでもいいです)みたい
馬場 それ、ほめてるの?
上野 ほめてるほめてる、メチャメチャほめてる
目黒 そうそう
馬場 ありがとう。でも、報告します
上野 ちっ
馬場 あたりまえだろ、何かあったら大変なのだから
上野 怒られるほうが大変だよ
馬場 僕も怒っているんですよ。上野さん、とめてくれなくちゃ。目黒さんを本当に心配しているのなら
目黒 チクッたら、一生うらんでやる。毎晩枕もとに立ってささやいてやる
馬場 縁起でもない
目黒 愛の言葉でもダメ?
馬場 バカ言わないで

 鶯谷のピアノから、上野と目黒のよく知る曲が流れてくる。上野と目黒、楽しそうに歌い始める。

馬場 ちょっと
新橋 お仕事大変ねえ
神田 そう思うならお酒はやめてください
新橋 今日は飲んでないじゃない
神田 今日飲んでないだけでいばらないの。明日も明後日も明々後日もその後もずーっと飲んじゃダメ。
新橋 そんな人生つまらない
神田 なんのためにここにいるんですか
馬場 こう好き勝手やられたら、仕事にならないじゃないですか
神田 仕事?
馬場 患者さんの身体に悪いでしょう。みんな無自覚なんだから
神田 そんなもんだろ。医者の心患者知らずだ
馬場 近いって言ったって、一時間もかかるじゃないですか、海まで
新橋 自転車を借りていったみたいよ
神田 事故にでもあったらどうするつもりだったんだろうな
馬場 もう
神田 責任問題になったら大変だ
馬場 そういう問題じゃありません
神田 高田さんならそういうよ
馬場 歌は音楽室で歌ってください
神田 もう終わる

 歌、終わる。ピアノの音も途切れる。

目黒 この曲大好き、ダニー最高よ!
馬場 ダニーって?
新橋 となりの。よくピアノ弾く子
上野 悪くないよね
目黒 悪くない?
新橋 いい曲だって言ってるのよ
目黒 素直じゃないわね
上野 悲しくなってくるわ、あんたに言われると
馬場 ここまで出てる。今の曲、どこかで聴いたことがあるんだ。どこだったかな、こう、このあたりまで出かかっているのだけれど
神田 気持ち悪いんだよな、そういうとき
目黒 そりゃそうでしょう。いっつも歌っているもの、私
馬場 テレビかラジオか何かで
上野 ありえないよ。ダニーの曲だもの
新橋 勘違いなんじゃないの
馬場 違います、ぜったい知っている
神田 既視感だな
馬場 ちがう。そうだ! たしか、アレですよ、こういう歌を歌うシーエム

 と激しく熱唱する馬場。高田、廊下から入場。ばったり目が合う。馬場直立不動。

高田 (拍手する)馬場くん。お楽しみのところわるいのだけれど
馬場 はい、すみません
高田 渋谷先生、たいそうご立腹ですよ
馬場 すみません、目黒さん、はやく
目黒 イヤだ、行かない
高田 今日はもう結構です。(出ていこうとする神田をとめて)神田先生、ちょっと廊下で待っていていただけます? (目黒に)調子はどう?

 神田、廊下へ。

目黒 悪くはないわよ
高田 検査は明日にしました。明日の午前中に必ず受けてくださいよ
目黒 えー
馬場 えーじゃないだろ。
目黒 一人じゃ迷子になっちゃう
高田 迷子になっちゃうってさ
馬場 僕より詳しいくせに何言ってるんだよ。迎えに来るから
目黒 イヤだなあ
高田 (新橋を見て)あら、今日はいつにもましておきれいですね
上野 ほんとだ
高田 どなたかいらっしゃるんですか?(新橋のにおいをかぐ)
新橋 はい
目黒 いいな、お化粧
上野 (目黒に)やってもムダよ
目黒 やっぱり?
上野・目黒 あはははは
目黒 あとで殺す
高田 ココシャネル。気分が変わっていいですよね。お酒を飲んでいるよりも、お化粧をしている新橋さんのほうが魅力的ですよ
新橋 ごもっともです

 目黒はジグソーパズルを始める。

高田 (上野に)調子はどうですか?
上野 バリバリです
高田 右手の方は?
上野 ガリガリです
高田 痩せなかったわねー、退院まで
上野 そうですね
高田 寂しくなるわね
上野 遊びにきますよ
高田 逃げるあなたを捕まえるのが生きがいだったのに
上野 私の勝ち逃げってことで
高田 何言ってるの。私の勝ち越しじゃない、五四勝五三敗二分一コールド
上野 そうでしたっけ?
目黒 良く覚えてるわね
高田 良く覚えてるわよ、仕事以外のことは
上野 ダメじゃないですか
高田 なんであんなに注射嫌がるのかしら。今となってはいい思い出ね
上野 そうでもないです
高田 また追いかけあいましょう(握手する)
上野 もう結構です
高田 (上野をくんくん嗅ぎながら)このにおい、何のにおいかしら。磯の香り、っていうか、潮くさい
馬場 そうですか
高田 私の鼻、犬並だから
馬場 おにぎりの中身とか当てますよね
高田 余計なこと言わない
馬場 すみません
高田 何のにおいなの?
上野 さっき昆布風呂に入っていたんで、それかな
高田 昆布風呂?
上野 肌にいいらしいんですよ。日高産を惜しげもなく使うのがコツなんです
高田 あら。詳しく教えて。メモメモ、あった、それで
上野 それで、グラッと来る直前くらいにあげて
高田 熱くて入れないじゃない
上野 水で薄めるんですよ
高田 なるほどね。日高昆布じゃないとだめなの?
上野 ダメですね、利尻とかつかってみたけど、もう全然違いますよ
高田 他にコツとかはあるかしら
上野 仕上げに鰹節をサッとくぐらせてください。サッとでいいです
高田 サッとね。ありがとう。今度やってみるわ。このツヤは昆布効果なのね(上野をさわる)
上野 まあ、そうですね
高田 馬場くん、他にやることは
馬場 はい。帰って記録します
高田 ふーん、そうかあ
馬場 え

目黒、しきりに新橋たちに手を向ける。気付く馬場。

馬場 新橋さん、面会終了時間がまもなくですので、来客の方のお帰りが遅くならないように、よろしくお願いします

 全員、拍手。

馬場 ありがとうございます
高田 命拾いしたわね。行くわよ

 高田、馬場、廊下に。(▼廊下での会話)。

▼ 高田 馬場くん
▼ 馬場 すみません
▼ 高田 (ひっぱたく)まだ何も言ってないわよ
▼ 馬場 すみません
▼ 高田 そんなことだから私がいじめているみたいに言われ
るのよ
▼ 馬場 はい
▼ 高田 (ひっぱたく)はいってなによ。いじめられてると思
ってるの
▼ 馬場 思っていません
▼ 高田 そうよね。よかった
▼ 神田 (笑う)
▼ 高田 笑わない。笑うところじゃないわよ
▼ 神田 すみません
▼ 高田 (神田のにおいをかぐ)今は吸ってないのね
▼ 神田 はい
▼ 高田 あなたたち、患者に入れ込みすぎ
▼ 馬場 すみません
▼ 高田 おしゃべりしすぎです。患者さんは友達じゃないんで
▼ すよ
▼ 神田 はい、気をつけます
▼ 高田 悪いことではないけど。あとでつらいわよ
▼ 神田 はい
▼ 高田 ちゃんと仕事をしてくださいよ。本当に。昆布風呂か

 高田、馬場、退場。神田、部屋に戻る。

神田 昆布風呂
上野 昆布風呂よ
神田 は?
新橋 いいダシ取れそうね
目黒 あぶない。ばれたらえらいことになってた
上野 すぐ気付かれるだろうな
神田 高田さん、本気で怒らせるとコブシで語るからな
上野 本当に
新橋 本当よ
目黒 点滴をつり間違えた看護婦さん、その瞬間になぐっていたから
上野 見たの?
目黒 見たなんてもんじゃないわよ、私の目の前だったからね。そこから向こうの壁まで吹っ飛んでた
上野 マジで
神田 患者でも容赦なしだ。音楽室で
上野 ばれたら私も?
神田 昆布ぐらいじゃ怒らないだろう
新橋 美容に対する女の情熱をわかってない。高田さんさ、ちょうど三十路を過ぎたころだから、微妙な女心を上野にもてあそばれてさ、まずいんじゃないの?
神田 そういうものですかね
上野 音楽室でどうしたの
神田 あ、そうそう。音楽室で患者三人がそろってマグロ(筆者註 なんでもいいです)
目黒 あんな目くじら立てなくてもいいのに
神田 アホか。無断外出なんてできる状態かどうか、自分が一番よくわかってるだろう。外出する時は外出許可を取ってからいけ。お前らが思ってるほど病気は待ってくれないんだよ。いきなりバッタリ倒れた時に、真夏の浜辺だったらそのままポックリいっちまうぞ
目黒 うるさい。自分のことは自分が一番よくわかってるよ
神田 そうですね。あんまり手を煩わせるんじゃないぞ
目黒 わかってるから、行くんじゃない

 神田、廊下へ。退場。

上野 音楽室で三人組が
新橋 続き気になるわね
目黒 新橋さん、今日はほんときれいね
新橋 いっつも綺麗でしょ
目黒 そうだけど
上野 大人の女って感じ
新橋 おだてても何もでないわよ
目黒 誰が来るの?
上野 二号? 三号?
目黒 三号は昨日来たよ
上野 あの鳩サブレか。あいつはいいやつだ。二号はちょっとなあ
目黒 みやげで人を判断するなよ
上野 重要だ。花が食えるか?
目黒 私は本の方がいい
上野 本なんて、いくらあったって食えない。いざってときに役に立たないぞ
目黒 されど人はパンのみにて生きるにあらず

 有楽、入場。有楽、入室する。

上野 で、二号が来るの?
新橋 今日は一号
上野・目黒 え!
有楽 こんにちは、一号です
上野・目黒 げ!
新橋 遅かったじゃない
有楽 ごめんごめん、仕事が片づかなくて。(目黒と渋谷に)いつも妻がお世話になっております
目黒 大してお世話してませんから
上野 バカ、こちらこそって頭下げるのよ
目黒 こちらこそ(上野と二人深々と頭を下げる)
有楽 ご丁寧にどうも。すみません、手ぶらで(頭を下げる)
上野 とんでもない(上野と目黒、頭を上げて、すぐさげる)
有楽 どうだい、調子は
新橋 だいぶ良いみたい
目黒 もういいの?
上野 たぶん
有楽 そんなにかしこまらなくてもいいですよ。いつもどおりになさっていてください
上野・目黒 はーい(上野と目黒、頭を上げる)
目黒 ひさしぶり、一号
有楽 ひさしぶり。元気そうだね
目黒 そうですね
新橋 こっちの子は明日退院なの
上野 はい。上野です、よろしく。またちょくちょく遊びに来るんで
有楽 こいつのこと、よろしくお願いします
上野 そんな、こちらこそ迷惑をかけてばかりで、ね
目黒 こいつ新橋さんの鳩サブレ5枚食いとか
上野 あんただって化粧ポーチを
目黒 それはダメ!(上野の口を押さえて)ありがとうね、さっき
上野 え?
目黒 海
上野 ありがとうなんて、珍しい。熱あるんじゃない?
目黒 ケンカ売ってるの?
上野 珍しいこと言うから。ナースコールする?
目黒 海、一度でいいから入ってみたかったんだ
上野 こんどは水着買っていこうよ
目黒 そうだね、ナンパ待ちしようか
上野 止めておいたほうがいいとおもうよ。惨めな思いさせたくないし
目黒 そういうこと言うんだ。いいんじゃない? 勝負しましょうか
上野 二人して声かけられなかったら、悲惨だな
目黒 そうだね
新橋 大丈夫よ、夏の男なんて水着着てればなんでもオッケーだもの
上野 そういうもんですかね
有楽 ん? ああ、誰でもいいかな
目黒 ダメじゃん、それじゃ

渋谷、入室。

渋谷 こんにちは
目黒 ごめんなさーい
渋谷 君を怒りにきたわけじゃないから、安心してよ
目黒 ありゃ、意外

上野、スケッチブックに向かおうとするが、なかなか着手できない。

有楽 ご無沙汰しております、渋谷先生。妻がいつもお世話になっております
渋谷 恐れ入ります。気分はいかがですか?
新橋 そりゃもう、絶好調です
渋谷 そうですか
新橋 あの、なにか
渋谷 はい。新橋さんの治療方針について、一緒にお話しようとおもったのです
有楽 私は
渋谷 ぜひご同席ください
有楽 そうですか、では、ご一緒させていただいて
新橋 あの、どういったお話でしょうか
渋谷 新橋さんに退院していただきたいのです

 間。

有楽 それは、これが治ったということですか?
渋谷 残念ながら、その逆です。単刀直入に申し上げても?
新橋 はい
渋谷 これから先の治療は、ご本人の意思が鍵となってきます。今のように、医療スタッフの指示を無視してアルコールの摂取を続けるようでしたら、回復は難しい。もっと厳重に管理された病院に行かれるのが、新橋さんのお身体にとっても良いかと
新橋 転院しろってことですか
渋谷 当院では、できるだけ患者さんに自由にしていただこうと、様様な工夫をしております。外出も面会も買い物も、できるだけ皆様の意思を尊重したいと考えております
有楽 存じております
渋谷 それが、今の新橋さんの身体にとっては、いい影響をあたえないようです。
目黒 いいじゃない、新橋さんがココがいいって言ってるんだから
渋谷 黙っていて
目黒 新橋さん、ここにいるほうがいいよね?
新橋 そりゃあ、ねえ
目黒 ほら。病院だってその方が儲かるんだし、いいじゃない
渋谷 それは医療スタッフと新橋さんが決めることです
目黒 感じわるい(渋谷の背中に向かって悪意のある表現を続ける)
渋谷 私の申し上げたいことは、ご理解いただけましたか?
新橋 はい
有楽 申し訳御座いません、先生がたの努力を無にしてしまって
渋谷 そんなことはどうでもよろしい。あなたの肝臓は、もう取り返しのつかない一歩手前まで来ています。これ以上に良くすることは難しいのです。しかし、医療は可能性です。絶対ということはない。そのためにまず、お酒を断つことです
有楽 それは
渋谷 はい。難しいことは重々承知です。精神科の医師とも協議してまいりましたが、これ以上の治療は、アルコール依存症専門の施設がより適しているでしょう
新橋 わかりました。考えさせてください
上野 新橋さん、いなくなっちゃうの?
目黒 イヤだなー
渋谷 その上で
有楽 家族の支援が必要不可欠である
渋谷 そうです。長い入院といろいろの出来事で、お疲れだと存じます。ですが、お二人の絆を試すよい機会だととらえて、がんばっていただきたい
新橋 はい
有楽 はい
目黒 言う方は簡単だがや
渋谷 紹介状は私が書きますので、お二人でよく話し合ってください
新橋 はい
有楽 ありがとうございます
渋谷 ご質問はございますか
有楽 いえ、とくに。転院の方向で、良く話し合ってみますので
渋谷 そうですか、わかりました。(目黒に)あなた、人のことに口を出さないの
目黒 退院させないで
上野 私も退院させないでほしい。見舞いが一回ですんだ方が楽じゃない
目黒 横着するなよ
渋谷 あなたたち新橋さん、好き?
目黒 バカじゃないの
渋谷 好きよね
目黒 あたりまえじゃない
上野 そりゃあ、そうですよ
渋谷 だったら、彼女が入院するのは、より良い治療ができる病院と、力不足のここと、どちらがいいと思う?
目黒 ここ
上野 ここ。楽だから
渋谷 ああ、そう
目黒 転院してもいいよ。でも、あと一週間くらい待ってよ
渋谷 手続きやこまごました事でそれくらいはかかると思うけど
目黒 それならいいや
渋谷 なぜ
目黒 なんとなく、それくらいの気がするから
渋谷 なにが?
目黒 いやん、もう。わかってるクセに
渋谷 明日の八時、待ってるわ
目黒 早く帰れよ
渋谷 悪い口を利くのはこの口か(とつねる)
目黒 いたいいたいいたい、ごめんなさい。わかったから、帰って
渋谷 もう少しがんばろう。私もがんばるから
目黒 ブスになるだろう
上野 かえって良くなるかもよ
目黒 そりゃどういう意味だ
上野 鏡を見ればわかる
目黒 いずれ殺す
渋谷 (パズルを見て)これは?
目黒 パズルよ
渋谷 絵は?
目黒 ないのよ。
渋谷 大変ね
目黒 大変なのよ。パズル王の私をここまでてこずらせたのはこいつがはじめてよ。と、言ってももう終わるけれどね。
上野 もう? 早くない?
目黒 いや、これはさすがの私もしんどかったな
渋谷 真っ白いジグソーパズルか
目黒 約束してるんだ
渋谷 何を
目黒 絵を描いてもらうの。私の。私がこれを完成させたらね。だから、一刻も早く完成させねばと思って、日々臥薪嘗胆の努力をしていたのだよ。
新橋 意味わからないわね
目黒 そうともいうの。あれ?
新橋 どうしたの?
目黒 うんにゃ、気のせいかも。ううん、やっぱり、ピースが足りないような気が
新橋 良くわかるわね
上野 気のせいじゃないの
目黒 甘い。私の観察眼をなめているよ君達
渋谷 早く完成するといいわね。今日は絶対安静だから。返事は
目黒 はい
渋谷 新橋さん、今お話したこと、良く考えてください。医療は可能性ですから。では、失礼

 渋谷、退場。

目黒 やっと帰ったか
上野 新橋さん、転院しちゃうの?
新橋 わからないけど。この人と相談して決めるわ
上野 わたしイヤ、よその病院に行っちゃうの
有楽 ずいぶん慕われているんだね
新橋 なんでかね、こんな呑んだくれ
上野 旦那さんだって、わざわざ忙しいのにお見舞いにいらっしゃるじゃないですか
目黒 ね。バッチリ化粧して迎え撃つなんて、他の男の時より気合はいってますよ
上野 バカかあんたは
目黒 バカって何よ。それだけ好き度が高いでしょうが
上野 バカにバカバカ言っても仕方がないけど、もう、バカなんだから
目黒 バーカ、バーカ
有楽 僕は気にしていないから、やめてくれ、頼むから
上野 そうですか?
目黒 そこまでいうなら。私もそんなお化粧したーい
新橋 やってあげようか
目黒 ホント? してして、私にも
上野 二人の時間を邪魔すんじゃないわよ
新橋 いいわよ。ね?
有楽 ああ
新橋 こっちに来て座って。(目黒の顔をいじくりながら)お化粧、人にするのも好きなのよ
上野 へえ
新橋 ヘアメイクになりたかったんだ、昔
有楽 そうなんだ
新橋 そうよ。言っていなかったかしら
有楽 初耳だな
目黒 私も
新橋 動かないで
上野 わたしも
新橋 そう。美容師になって、いろんな人の髪を切ったり、お化粧をしたりね。そんな生活がしたかったんだ。私、貧乏だったから、進学できなかったのよ
目黒 そう
新橋 動かない。それで、この人と会社を作って、働いて働いて、気がついたら、アル中で倒れた
上野 なんであきらめちゃったの?
新橋 なんでかしらね。自信がなかったのかな
有楽 自信
新橋 働きながら勉強するじゃない。夜学に行くでしょう。すごくしんどいわよね。働き始めるじゃない。安月給でしょ。これは耐えられないと思ったの
上野 好きだったのではないの?
新橋 あなた、絵を描くの好きよね
上野 あたりまえじゃないですか
新橋 ずっと好きでいられる?
上野 それはわかりませんけど。今は右手の調子がよくないだけで、治ったら
新橋 私はね、仕事にしたら嫌いになりそうだったのよ
上野 本当に好きなら大丈夫なんじゃないですか
有楽 好きだけでは続かない事もあるよ
上野 イヤです、そういう考え方
新橋 そうかもしれないわね。そのときは、ただ、それを商売にするのがとても怖かったの。そのうちに、自分が好きでもないのに、お金のためだけに続るようになるのかなって。ゾッとしたわ、想像したら。正直に言って、今になって、ちょっと後悔している節もあるのよね。あのときあきらめなかったら、って。いろいろ理由をつけないでとにかくやっていたらどうなったかなって。(有楽に)ごめんなさい、今の仕事も嫌いじゃないのよ
有楽 気を使わないでくれ
新橋 今の仕事を始めたおかげで、この人にも出会えたわけだし
有楽 やめてくれよ
新橋 今の自分に悔いはないわ。でも、だから、だから上野ちゃんには、がんばって絵描きになってほしいなあ。ほら、できた
目黒 喋っていい?
新橋 どうぞ
目黒 どう?(鏡を見る)
上野 まあ、悪くないんじゃない
目黒 これ、誰? すごい美少女がいる
上野 眼鏡かけたほうがいいわよ
有楽 かわいいじゃないか
上野 まあ、そこそこ
目黒 勝った。すごい嬉しい。新橋さん、ありがとう
新橋 どういたしまして
目黒 もう思い残すことないわ
新橋 成人式には着物を着せたいわね
目黒 着たい着たい、お着物着たい!
上野 誰に見せるのよ。あ、彼氏って意味ね
目黒 そうか、そうだね
新橋 それまでに彼氏つくればいいよ
上野 むりむり
目黒 写真とろうよ、新橋さんたちと。親子っぽくない? あんたも入れてあげるよ。ここに(頭上に○をつくる)
上野 そこかよ

 目黒、うっとりと陽気にしゃべり続ける。

上野 退院したくないな
新橋 なぜ
上野 ここは楽しいもの
有楽 ここじゃ絵描きになんかなれないよ
目黒 そうよ、さっさと出て行けばいいのよ
上野 もう無理よ
目黒 なんで
上野 もう前のようには描けないもの
目黒 じゃ、もう描かないの? 約束はどうなるのよ
上野 仕方がないじゃない、手が動かないんだから
目黒 動いているじゃない
上野 動くだけよ。描けるほどではないわ
目黒 動かなくなっちゃったもんは仕方がないじゃない
上野 あんたにはわからないわよ
目黒 あーわからないさ。じゃ一生描かないの。死ぬまで。そりゃあんたの勝手だけども。絵を描かないあんたが、生きててどうなるのよ。そりゃあんた、ただ死んでないだけよ。あんた、自分で言ってたわよね、絵を描くことが生きることだって
上野 人の言ってること勝手にパクるなよ
目黒 元気あるじゃない
上野 うっさい、着物勝負するわよ。成人式までに出てきなさい
目黒 勝ちは譲ってあげる
上野 何よそれ
目黒 いつ倒れてもおかしくないもの
上野 やめて、そういうの
目黒 ほんとのことだもーん、勝ち逃げできて嬉しいわ
上野 何よ、勝ち逃げって
目黒 まず、なによりも美貌。それにパズル勝負
上野 どうかな
目黒 一向に描き終る気配ないじゃない、あなた
上野 入れてないのよ
目黒 なに?
上野 最後の一ピースは、あなたの退院祝いだから
目黒 は?
上野 最初から入っていなかったのよ、フルピース
目黒 頂戴よ
上野 だめよ
目黒 話が違うじゃない
上野 全部入っているなんて言ってないじゃない
目黒 ふざけるなよ!

 間。

目黒 欠けているジグソーパズルをやるなんて、耐えられない
上野 大げさよ。退院したらあげるから
目黒 いやだ、待てない
上野 がんばって早く治してね
目黒 そんなの無理よ
上野 無理じゃないって
目黒 無理なのよ! 知った風なことと言わないでよ、余計に嫌な気分になる
上野 ごめん
目黒 なに謝ってるんだよ。そんなに描きたくないの
上野 そういうわけじゃないけど
目黒 私を言い訳に使って
上野 そんな言い方ないでしょう、心底心配して、喜ばせようと思ってやったのに。そりゃ、傷つけたのは悪いけど
目黒 押し付けがましい言い方
上野 バーカ、ひねくれすぎだよ
目黒 右手が動かないのいいわけにして
上野 してない
目黒 してる
上野 してない!
目黒 してるー
上野 この気持ちわからないでしょうね!
目黒 ああ、わからないさ。じゃ、あたしの気持ちがわかるのか。山も、森も、高層ビルも、聞いただけで行った事なんてありゃしない。そういう気持ちはわかるのか
上野 可哀相なことですね、配慮が足りませんでした
目黒 早く描いてよ、私モデルにするんでしょ
上野 パズルは完成してないじゃない
目黒 ピースがないのにできるかよ!
上野 あんたなんか、病気だからってみんなに甘やかされてるだけなんだからね
目黒 そんなことわかってるわよ!

 高田、馬場、廊下に入場。上野、スケッチブックを持って廊下に出る。

高田 ちょっと、どうしたの?

 上野、退場。

▼ 高田 オーラ出てたわよ、あの子
有楽 病は気からって言うけれど、君はたいそう元気がよいね
目黒 カラ元気です
有楽 大切なことですよ、カラ元気
▼ 高田 仕事
新橋 目黒ちゃん、このひとも昔

高田、馬場、入室。

有楽 黙ってて。上野さんだっけ。悪気はないんだ、それくらいわかってるでしょう、君は利発な子だもの
目黒 うるさい
新橋 このひと、急性白血病で生死の境をさまよったことがあったわ。だから、あなたの気持ちも少しは分かると思うの
目黒 あなたはあなた、わたしはわたし。いっしょにしないでよ!
高田 どこにいくの。顔色悪いわよ

 目黒、廊下に出る。追って馬場も廊下に出る。(▼廊下での会話)

▼ 馬場 目黒さん
▼ 目黒 ほっといてよ
▼ 馬場 ご一緒します
▼ 目黒 トイレまでついてくる気?
▼ 馬場 じゃ、そこまで送っていきます
▼ 目黒 信用ないな
▼ 馬場 そういうわけでは
▼ 目黒 ね。トイレでしよっか
▼ 馬場 冗談きついよ
▼ 目黒 冗談か

 目黒、馬場、退場。

高田 またケンカしたの
新橋 いつものことよ
高田 まったくもう。元気がありあまってるって言うかなんていうか
有楽 こんなところに閉じ込められたら、エネルギーのやり場に困りますよ、あの若さで
高田 そりゃ、そうですね。仕方がないわね
有楽 お前、あんな言い方されたら
新橋 ごめん
有楽 いや、そういう意味じゃないんだ。ただ、あの若さでずっと病気と闘っているんだから、神経質にもなるよ
新橋 そうよね。他の子はお気楽極楽に生きているのにね
高田 そのクセ、妙に悟ったところがあるんですよね。私がアレくらいのころは、もっとバカだったけどなあ
新橋 私はいまだにバカですよ
高田 それ言ったら私もですよ
新橋 死んでないだけ、か
高田 そんな事言われました
新橋 私にではないけど。やりたいこともやらずに生きているのは、ただ死んでいないだけで生きていないって
高田 小娘が、生意気な
有楽 あのことは言ったの?
新橋 まだ
有楽 そうか
高田 旦那さん、ご病気されていたんですね
有楽 ええ、これと結婚するすこし前に
高田 ひょっとして、羽村さん?
有楽 ええ、そうですが
高田 高田です。覚えてらっしゃらないかもしれないけれど
有楽 高田さん、覚えていますよ。音楽室事件の
高田 そうです。懐かしいな、お元気そうですね
有楽 すっかり見違えて
高田 だいぶ老けましたからね
有楽 いえ、おきれいになられたので
高田 いや、それだけが取り柄でねぇ
新橋 高田さん、ご存知なんですか
高田 苗字が違うので気付きませんでした。私のチームで担当させて頂いていました
新橋 どうして教えてくれなかったの
有楽 あの子は悪いんですか?
高田 難しい病気ですが、渋谷先生は可能性があるっておっしゃっています
有楽 僕のときもよく言われました。「あなたの病気は治らない方がおかしい、がんばりましょう」っておっしゃるんですよ。
新橋 私も言われたわ
高田 そうですね
有楽 自信のある時は言うんですよ「治らない方がおかしい」って
高田 そんなことないですよ、たまたまそういうときが多かっただけで
有楽 いえ、もういいんです。すみません、おかしなことを言って
高田 とんでもない。ぜひ羽村さんからもいろいろ言ってやってください、あの子に。きっと喜びますよ
有楽 そうかな
高田 入院されている時も、実に模範的な患者さんでした。立派でした。つらい治療にもじっと耐えられて
有楽 言うことを守らないと怖かったからなあ
新橋 昔からなのね
有楽 あのときもすごかったね、患者三人が音楽室で
高田 羽村さん
有楽 喋りすぎたかな。いやいや、僕なんてそんなにえらいものではないよ。君達の方がよほど立派だ
高田 なぜですか?
有楽 自分の痛みには耐えられる。だが、人が苦しむ姿を見るのは耐えがたい
高田 はい
有楽 毎日毎日、たくさんの死と向き合っている君達は、それこそ尊敬に値する
高田 どうなんでしょうね
新橋 どうなんでしょうって?
高田 なんでもありません。ただ、我々は報酬とひきかえにサービスをしているだけですから、そんなにかしこまったことを仰られなくてもいいかなと。もちろん、さげすまれるのもイヤですけどね。麻痺してるんですよ、感覚が。私達病棟に長いものは。病気にも病人にも死ぬことにもなれてしまうし。なれないと仕事になりませんから
新橋 他の患者さんが危ないものね
高田 そうですね。でも本当は、馬場くんみたいに若くて情熱に燃えている方が、看護には向いているのかもしれません
有楽 高田さんは、立派な方ですね
高田 ありがとうございます
新橋 高田さんはなぜ看護婦になられたんです?
高田 母がね、手に職をつけろってうるさかったんですよ。不況の時でもご飯が食べられるような仕事がしたかった。それだけですよ。あとは、なりゆきですね

 馬場、走って入場。入室。

馬場 すみません、逃げられました
高田 あ、そ。ごめんなさい、べらべら喋っちゃって。お恥ずかしい。今日は本当に、喋りすぎました

 高田と馬場、廊下に出る。

▼ 高田 馬場くん
▼ 馬場 すみません
▼ 高田 (ひっぱたく)どこで逃げられたの。あ、先探してなさい

上野、廊下に入場(▼廊下での会話)馬場退場。

▼ 高田 先に行っていなさい
▼ 馬場 はい

 馬場、退場。

▼ 高田 ちょっと、上野さん
▼ 上野 なんですか
▼ 高田 座りなさい
▼ 上野 (ベンチシートに座る)
有楽 話したいことがあるんだ
新橋 なによ、急にあらたまって
有楽 うん、ちょっとね
▼ 高田 ケンカしたんだ。目黒さんなんだけど
▼ 上野 ハイ
▼ 高田 あんまり興奮させないでくれる。それと、今日みたい▼ な外出は二度としないで
▼ 上野 あの、いいですか
▼ 高田 何?
▼ 上野 助かるんですか、あいつ
▼ 高田 それは私達が考えることじゃないわ
▼ 上野 神田先生が言っていたんですけど。できるだけ生きて▼ いるうちに楽しいことをしておけって。悔いのないよ▼ うに生きろって。だから
▼ 高田 死んだらあなたのせいよ
▼ 上野 え?
▼ 高田 今日あの子が死んだら、あなたのせいなのよ。あなた▼ だけじゃなくて、私達の管理不行き届きにもなるわ。▼ どういうことかわかる?
▼ 上野 わかりません
▼ 高田 わかって。あの子の身体は、あなたが思っているより▼ ずっと繊細なのよ。長い時間歩くだけでも大変なはず▼ よ。それを
▼ 上野 あの子がそういったの
▼ 高田 言っていないわ
▼ 上野 じゃあ、いいじゃない
▼ 高田 次は、怒るわよ。良く考えて。もう子供ではないのだ▼ から

高田、退場。上野、スケッチブックを開いてデッサンを始める。

新橋 話さないの
有楽 うん
新橋 見とれてるの
有楽 まあね
新橋 バカね。早く言いなさいよ。あなたの言いたいことなんて、もう全部お見通しなんだから
有楽 ごめん
新橋 言わないと、なにも終わらないわよ
有楽 ごめん。僕はもう、君を見守っていくことはできない
新橋 そう
有楽 もう見ていられないんだよ

 間。

有楽 母を見ているようで
新橋 母? お母さん?
有楽 そう。母もアルコール中毒だったんだ
新橋 そうだったんだ。しらなかった。あなた家族の話してくれないんだもの
有楽 君だってあまりしたがらないじゃないか
新橋 そうね。お互い様か。どんなお母さんだったの
有楽 うん。気丈な人だったよ。女と逃げてしまった父親に代わって、女手ひとつで私を育ててくれた。しかし、気がつくと、母は酒がなければ生きていけない身体になっていたんだ。私が大学に進学してすぐに、肝硬変で倒れてしまったよ。僕は愚かなことに、母が倒れるまでまったく気付かなかった。まったく愚かな事だ
新橋 そんな言い方やめて
有楽 母に続いて女房まで同じ目に会わせて、愚かでなくてなんだっていうんだ
新橋 ごめん
有楽 僕こそ、ごめん。母のために大学を辞めて、精一杯看病したんだが。ダメだった。母と酒との縁は切れない。切れないんだ。彼女の努力も、一時の決意も、酒の魅力の前では何の役にも立たなかった。倒れてから一年で、あっという間に世を去ってしまったよ。君を見ていると、その時の母が
新橋 ごめんね

 間。

新橋 ごめんね
有楽 もう疲れてしまった。(離婚届を出す)あとは君の名前と判子を押してくれ

 目黒、廊下に登場。

▼ 上野 さっきはどうも
▼ 目黒 こちらこそ。進んでる?
▼ 上野 おかげさまでぜんぜん
▼ 目黒 そう
▼ 上野 あげるよ。最後のピース
▼ 目黒 もういらない
▼ 上野 いらないの
▼ 目黒 もっと欲しいものがあるんだ
▼ 上野 何よ
▼ 目黒 絵と彼氏、どっちが大切
▼ 上野 そんなの、どっちもだよ
▼ 目黒 どっちもはダメよ。どちらか選んで
▼ 上野 どうしても?
▼ 目黒 どうしても
新橋 そんな気はしていたんだよね
有楽 そうかい?
新橋 あなた、いつもと違ったし
有楽 そうかな
新橋 そうよ。ウソつけないのよね
▼ 上野 彼氏よりも絵、かなあ
▼ 目黒 じゃ、あのバカちょうだいよ
▼ 上野 あのバカって?
▼ 目黒 馬場くん。ダメ?
▼ 上野 本人に聞いてよ
▼ 目黒 じゃ、聞くわよ。恨みっこなしね
▼ 上野 なんかズルイ
▼ 目黒 ズルくないわよ。ちゃんと宣戦布告しているじゃない
▼ 上野 そういう問題じゃないの
▼ 目黒 じゃ、なに
▼ 上野 自由だよね、目黒
▼ 目黒 わたしが自由なんじゃなくて、あんたが不自由なのよ
▼ 上野 不自由か
▼ 目黒 いいのね
▼ 上野 好きにしたら

 馬場、廊下に入場。

▼ 目黒 ちょっと待ってよ
▼ 馬場 後にしてよ
▼ 上野 やめてよ
▼ 目黒 好きにしろって言ったじゃない
▼ 上野 ダメ
▼ 馬場 じゃ、あとで
▼ 目黒 ダメ
▼ 馬場 緊急の電話がきているんだ、新橋さんに
▼ 上野 やめて
▼ 目黒 私とこの子、どっちが好き?
▼ 馬場 どっちも嫌い
▼ 目黒 まじめに聞いてよ
▼ 馬場 新橋さんかな
▼ 目黒 あなたが好きなの
▼ 馬場 (空手の振りで)中段、下段、冗談、みたいな
▼ 目黒 つまらないギャグも、半端な熱血も、下手な注射も、
▼ 微妙な顔も、好きなの
▼ 馬場 僕、ギャグセンスあるから、無理だよ
▼ 目黒 こんなやつ振って、私と付き合って
▼ 馬場 落ち着いて
▼ 目黒 落ち着いてる。(馬場の手を自分の胸に持っていって)
▼ このドキドキは好きだから
▼ 馬場 いや
▼ 目黒 採血ずっと付き合ってあげたよね。細い血管は練習に
▼ なるって、私を血まみれにしたわよね
▼ 馬場 ごめん、もう行かなくちゃ
新橋 今までありがとう

馬場、部屋に入る。

▼ 目黒 言っちゃった
新橋 別れましょう
有楽 どうしたの?
馬場 会社から電話がありまして、至急折り返してくれとのことです

間。

馬場 あの、出来るだけ早めに
有楽 用件はわかっているから。

▼ 上野 あんたはずるい
▼ 目黒 何が
▼ 上野 わからない
▼ 目黒 うじうじするのは勝手だけど、それじゃなにも手に入
▼ らないよ。あー、スッキリした
▼ 上野 大嫌いだよ
▼ 目黒 私あなた好きよ。馬場くんより好きかもしれない
▼ 上野 彼を取らないで
▼ 目黒 別問題でしょ。好きの質が違うの
▼ 上野 あんたより彼が好き
▼ 目黒 最初からそう言えばよかったのよ
▼ 上野 言えないわよ、あんたも好きだもん
▼ 目黒 じゃあ、譲ってよ
▼ 上野 別問題でしょ。好きの質が違うの
▼ 目黒 どうせ私、すぐ死んじゃうわよ
▼ 上野 それでもあげない。人に渡すくらいなら
▼ 目黒 嬉しいな
▼ 上野 何が
▼ 目黒 胸が痛むのよ
▼ 上野 私だって
▼ 目黒 生きてるって感じする。傷ついて傷つけられて
▼ 上野 傷つくのはイヤよ
▼ 目黒 芸の肥やしにしてよ
▼ 上野 勝手なこと言って
▼ 目黒 勝手だもーん、人間なんてみんな自分勝手よ
▼ 上野 あなたがうらやましい
▼ 目黒 なんで? 病人扱いされてるから?
▼ 上野 もうすぐ死ぬから
▼ 目黒 あっはっはっはっはっは! あんたバカね。すごい事▼ 言うな。言えないよ普通、そんなこと。言われたの初
▼ めてだ
▼ 上野 バカよ、バカだもん。将来のことも考えなくていいん
▼ だもん、今のまま死ねるんだもん。めちゃめちゃうら
▼ やましいよ
▼ 目黒 ごめんね、先に死んじゃって
▼ 上野 ごめん
▼ 目黒 あんた一人残して死ねないわ。かわいそうで
▼ 上野 ありがとう
▼ 目黒 だから私は最後まで生きたい、生きたいの
▼ 上野 うん
▼ 目黒 好きな事を好きなだけしていたいの。イヤな事はした
▼ くないの。最後まで目いっぱいやりたいのよ
▼ 上野 うん
▼ 目黒 約束して、そばにいるって。私の最後はあなたが見取
▼ って。
▼ 上野 うん
▼ 目黒 渋谷先生、いっぱい痛い事すると思うんだよ。たぶん。
▼ 彼女なりの愛情表現なのは分かってるんだけど、どう
▼ してもイヤなのよ
▼ 上野 分かった
▼ 目黒 あの人がそういうことをしたら、止めて
▼ 上野 絶対止める
▼ 目黒 最後までこの手をはなさないでね
▼ 上野 うん
▼ 目黒 そばに
▼ 上野 約束する。そばにいる。絵も描く。でも男はあげない
▼ 目黒 ちぇ。約束。嬉しい
▼ 上野 ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーま▼ す。ゆびきった
▼ 目黒 ありがとう
▼ 上野 暑くない? 戻ろうか。ちょっと熱っぽい?
▼ 目黒 大丈夫

 上野・目黒、病室に入る。

馬場 あの。別れるって言ってましたよね
新橋 ええ
馬場 部外者の僕が言うのもなんなんですけど、あの、非常に申し上げにくいんですが。新橋さんは治ります、もうちょっと待ってあげてください。アルコール依存症専門のカウンセラーもいますし
有楽 ずっと相談にのってもらっているよ。この四年、会社をみながらずっと見守ってきた
馬場 あと一年
有楽 無駄だよ
新橋 もう、わかったから。いままでありがとうね
有楽 こいつをよろしくおねがいします(深々と頭を下げる)

 有楽、退場。新橋、新しいビンからお酒を飲もうとする。

新橋 私を裏切らないのは、あんただけね
馬場 お酒はダメですよ
新橋 さわらないでよ
目黒 (新橋の手をつかんで)素直じゃないのよ、好きなら好きっていえばいいのに、ウジウジウジウジ、バカじゃないの。バカよ
新橋 あら、しらなかったの。私バカな女なのよ。男と酒が大好きなのよ。好きで好きで、一番好きな男に愛想つかされちゃった
目黒 追いかけなさいよ
新橋 今さら
目黒 あきらめるの
新橋 何も言えないわよ。酒におぼれて、他の男と好き放題やって、ごめんなさい、もうしませんなんて言えるわけないじゃない。どうせ同じ事の繰り返しよ。また飲んで、男と寝て、あの人を傷つけるのよ
目黒 それでいいじゃない
新橋 ダメなのよ。もう終わったの
目黒 そんなにお酒が好きなら、お酒と心中すればいいんだわ

 目黒、退場。

新橋 お酒と心中。それがお似合いか
上野 (馬場に)ボーっと突っ立ってないで追いかけなさいよ
馬場 あ、そうだね、で、追いかけてどうするの
上野 自分で考えろ

 馬場、退場。

上野 私、何やってるんだろう。追いかけないの?
新橋 うん
上野 まだ好きなんでしょう
新橋 うん
上野 じゃあ
新橋 イヤよ。もう傷つくのも傷つけるのも
上野 死ぬ気になればなんでもできるわ
新橋 死ぬ気になんて。いっそ死んだ方がいいわ
上野 格好悪い
新橋 そのうちわかるわよ。世の中にはどうにもならない事があるって
上野 聞きたくない
新橋 つらいな、あなたにそんな顔されるの
上野 ごめん
新橋 私、ゆりに言わなくちゃいけない事があるの
上野 何?
新橋 やっと決心がついたから。帰ってきたら伝えるわ
上野 私も、このピースあげて、一枚何か描き上げよっと。約束したのよ、最後まで楽しくやろうって
新橋 楽しく出来るかはわからないけど、お互いがんばりましょう
上野 うん、約束。ゆーびきーりげんまん、うそついたらはーりせんぼん

 馬場と有楽にかつがれて、目黒入場。目黒はベッドに寝かされ、馬場がナースコールを押す。

上野 どうしたの。冗談でしょ?

 高田、入場。

高田 どうしました?
馬場 ストレッチャーを
高田 目黒さん、目黒さん。このまま運んだ方が早いわ
馬場 はい
上野 ここで目がさめて「ほーらだまされた、バーカバーカ」って言うんでしょ
有楽 手伝います
高田 お願いします
上野 ほら、運ばれちゃうよ! 起きてよ!

 馬場、有楽、高田、目黒を抱えて退場。
上野それを追いかけて退場。舞台上、無言。
鶯谷、入場。ピアノの音が聞こえてくる。
しばらくたって。馬場、上野を抱えて入場。

馬場 眠っていただきました。手術室まで付き添うって聞かなくて
新橋 そう。目黒ちゃん、どう?
馬場 僕には何とも

 間。

新橋 私、ひどいやつよ
馬場 そうですか
新橋 言わなくちゃいけない事、あるんだ。言わなくて済むかと思って、ホッとしている
馬場 はい
新橋 ひどいわね
馬場 僕もです。看護士失格です。

暗転。一幕終

二幕

深夜。目黒が世を去ってから数時間後。
廊下で神田がタバコに火をつけると、明転。廊下には神田と高田が、病室には上野と新橋がいる。上野はこのシーンを通じて、ほぼスケッチブックとにらみ合っている。
神田、高田のタバコに火をつける。

▼ 高田 またタバコすって
▼ 神田 すみません
▼ 高田 早く消して一〇秒以内に消して一〇、〇
▼ 神田 早いよ(消す)。はい。いいわけ
▼ 高田 なに
▼ 神田 中に入ってみてくださいよ。いたたまれなくて
▼ 高田 帰れば? 仕事終わってるんでしょ。早く帰れば
▼ 神田 一応担当なんだから。ご家族が来るまで待たないと
▼ 高田 あら、珍しいじゃない、まじめ
▼ 神田 えへ、ちょっとナーバスかなって
▼ 高田 誰が?
▼ 神田 オレオレ
▼ 高田 オレ? オレオレオレ!
▼ 神田 元気いいっすね
▼ 高田 バカにしてんの
▼ 神田 ちょっと尊敬しました
▼ 高田 遅い。やっと私の良さがわかったの。さくらちゃんフ
ァンクラブ二一号にしてあげる
▼ 神田 あるんだ、ファンクラブ
▼ 高田 はい会員証
▼ 神田 準備いいですね
▼ 高田 入会金は三〇〇億万円だから
▼ 神田 高
▼ 高田 ローンでもいいわよ
▼ 神田 便利だな
▼ 高田 いまなら限定さくらちゃんストラップもつけちゃう
▼ 神田 いりません。ご家族は
▼ 高田 家族会員は二割引
▼ 神田 そうじゃなくて、ご家族は? あの子の
▼ 高田 ああ、そっち。早く言ってよ
▼ 神田 言ってます
▼ 高田 明日来るって
▼ 神田 明日?
▼ 高田 忙しいんだってさ
▼ 神田 忙しいね。薄情な両親だな
▼ 高田 あの子両親いないのよ。事故でなくなったんだって
▼ 神田 そうなんですか。オレは誰のためにがんばったのかな
▼ 高田 あの子のためでしょ
▼ 神田 そんなわけないでしょ。助かりっこないもん
▼ 高田 あんた今医者として言ってはいけないことを言ったよ
▼ 神田 現実ですよ。あいつのためでも家族のためでもないの
なら、いったい誰のためにがんばったのかな、オレは
▼ 高田 あたしのため
▼ 神田 そうっすね
▼ 高田 お疲れ様
▼ 神田 筋肉痛になりそうです
▼ 高田 アレぐらいで音を上げるなんて、男らしくないわね
▼ 神田 繊細なんです。外科の連中と違って
▼ 高田 それじゃ夜のお勤めに耐えられないんじゃない?
▼ 神田 別バラってあるでしょ。お腹一杯でも甘いものなら食
▼ べられる、アレ。それと同じで、別体力なんですよ。
▼ 高田 ずいぶん自信ありそうね
▼ 神田 地球上では三分間しか持たないんですけどね
▼ 高田 宇宙でがんばってね
▼ 神田 高田さんは
▼ 高田 宇宙?
▼ 神田 高田さん、結婚しないんですか?
▼ 高田 医者はイヤ
▼ 神田 オレだってイヤですよ
▼ 高田 してたわよ、昔。結婚
▼ 神田 すみません
▼ 高田 先生はいいひといないの?
▼ 神田 オレですか? 最愛の人は心の中で生きているんです
▼ よ
▼ 高田 なんだそりゃ
▼ 神田 詩人でしょ
▼ 高田 詩人というよりも、指名手配って感じ
▼ 神田 顔の話はしていない
▼ 高田 違ったっけ。ごめんごめん、間違えちゃった
▼ 神田 間違えすぎですよ。耳も目も腐ってるんじゃないです
▼ か?
▼ 高田 いい男は鼻でかぎ分けるのよ
▼ 神田 犬並というより、犬そのものですね
▼ 高田 犬だから
▼ 神田 犬なんだ
▼ 高田 紹介する。おいで、私の子供たち。ワンワン。子犬が
一〇一匹くらい。ワンワン
▼ 神田 しかもダルメシアン。ほらミルクをあげよう
▼ 高田 うんうんうんうん。あんたくさいって
▼ 神田 むかつくな。シャワー浴びましたよ
▼ 高田 うんうんうんうん。多いやつはにおうんだって
▼ 神田 なにが
▼ 高田 うんうんうんうん。イヤだ、そんなこと言えないよ、
え、言うの、言えないよ、性交渉が
▼ 神田 言ってんじゃん。またそんなこと
▼ 高田 やめなさい、あんまり手当たり次第ヤリまくるのは
▼ 神田 心の恋人を探している、さすらいの旅人なんですよ
▼ 高田 ヤりたいざかりってこと?
▼ 神田 意訳しすぎけっこうマジなんだけどな
▼ 高田 つくればいいじゃない、彼女
▼ 神田 簡単にできれば苦労しませんよ

 ため息。間。

▼ 高田 提案
▼ 神田 なんですか
▼ 高田 私、どう
▼ 神田 結構です
▼ 高田 じゃそういうことで(と迫る)

 有楽、廊下に入場。大きなビニール袋を持って。

▼ 有楽 ただいま
▼ 神田 お帰りなさい
▼ 有楽 お邪魔でしたか
▼ 神田 いえいえいえいえそんな、ねえ
▼ 高田 そうそうそうそう
▼ 神田 ずいぶん遅かったじゃないですか
▼ 有楽 途中で道に迷った老婆を案内していたら妊婦が倒れて
▼ いたんで救急車を呼んだときに少年が自転車で転んだ
▼ ので、まとめてつれてきちゃいました
▼ 神田 救急行ってきます
▼ 有楽 嘘ですよ。さ、みんなで食べましょう。おなかすいて
▼ いるでしょう。おでん買ってきました

 有楽、高田、神田、入室。

有楽 おまたせ。とりあえず腹ごしらえしよう
新橋 おかえりなさい。上野ちゃん、ごはんよ
神田 飯だってよ。お腹が減ったら食べますよ
高田 ウワ、なんでおでんとアイスが一緒になってる
新橋 もうとけちゃってる
有楽 ごめん
高田 生き残りもあるわよ
新橋 この蒸し暑いのにおでんなんか
有楽 あったかい物食べると、気持ちもあったかくなるじゃないか
高田 それは言える。運動をすると性欲がなくなるもんね
神田 オレは二〇キロ走った後だろうが、問題なく遂行しますよ。別体力ですから
有楽 若さがないもんな、僕は
神田 いただきます。うまいなー、おでん

 神田、新橋、有楽、高田がおでんを食べているところに、馬場入場、入室。

馬場 おつかれさまでーす。あ、ずるい
高田 なにが
馬場 僕にも下さいよ、腹へって
高田 その前になんか言うことあるんじゃないの
馬場 はい。異常無しです
高田 よい。戻ってよし
馬場 僕の分は?
高田 ないわよ
馬場 マジですか
有楽 ちゃんと買ってあるから、食べなさい
馬場 ありがとうございます。優しいなあ有楽さんは
高田 私が優しくないみたいじゃない
馬場 (上野に)食べろよ
上野 うるさい。静かにしてよ
馬場 ごめん
高田 大根ちょうだい
馬場 イヤですよ(もぐもぐ食べる)
神田 ケチケチすんな
馬場 先生があげればいいでしょ
神田 おれ大根欠乏症だから。食わないとグリコシダーゼ不足で大変
有楽 そんな持病があるんですか
神田 けっこう大変なんですよ。一日一本は食べないといけないし、葉っぱも食べないといけない。そうしないと頭が悪くなるんです
有楽 大変ですね
神田 優しいですね、旦那さん
新橋 そうね
馬場 うまいですね、おでん
有楽 でしょ!
新橋 感激するほど美味しいかしら
神田 普段からロクなもの食ってないんだろうな
高田 失礼ね、お腹がすいているだけよ。ね
馬場 違うんです。僕も良くわからないけど
有楽 どうかしたのかい?
馬場 なんでもないです。僕は看護士失格です
高田 ちょっと、出ましょうか
有楽 僕も聞きたいな。力になれるかもしれないし
高田 ありがとうございます。お気持ちだけいただいておきますね

 高田、馬場、神田、廊下に出る。

▼ 高田 言ってみなさい。言えば楽になることだってあるから
▼ 神田 そうだよ
▼ 馬場 どうしたらよかったのでしょうか。目黒さんから、そ
の、告白された時に。今思えば、嘘でも付き合うとい
った方が良かったのかと思って。曖昧にしてしまって
▼ 高田 今さら言ったって仕方ないけど、あんまり近づきすぎ
ないことね
▼ 神田 そうですか? 別にいいじゃない、近づいたって
▼ 高田 患者さんを傷つけるわよ
▼ 神田 適当にあしらわれるほうがイヤですよ
▼ 高田 自分だって傷つくじゃない
▼ 神田 それも仕事のうちでしょう。馬場くんのスタイルはが
んばって保持してほしいな
▼ 高田 ご高説ありがとうございます。それは患者さんのお世
話をしていないお医者様だからいえるんじゃないですか?
▼ 神田 お世話してるじゃないですか
▼ 高田 なにを?
▼ 神田 休みの時も出てきて病室回ったりしてますよ
▼ 高田 女性のところにばかり行くのはどうしてですか?
▼ 神田 たまには男性も診ます
▼ 高田 病院は風俗店じゃないのよ。自分の性欲処理は自分で
したらいいじゃない
▼ 神田 そんなにヤッてばかりじゃないし、ヤるときは合意の
上でことに及んでますよ
▼ 馬場 彼女とも、ですか
▼ 神田 彼女って?
▼ 馬場 目黒さんとも、したんですか?
▼ 神田 お前は。もう上野さんとはしたのか?
▼ 馬場 していませんよ、そんなこと
▼ 神田 そんなことってなんだよ。セックスって大事だぜ
▼ 高田 相手を選べばね
▼ 神田 したよ。目黒と
▼ 馬場 信じられない
▼ 神田 信じてくれなくて結構。それで、聞いてどうするの
▼ 馬場 別にどうも。ただ、自分が許せなくて。彼女の気持ち
に向き合えなかった自分が
▼ 神田 そんなに深刻に考えるなよ
▼ 高田 ほんとに、まじめもここまで来るとバカね。あんた患
者さんが死ぬたびにそんなに落ち込んで、この先どうするの
▼ 馬場 一番イヤなのは、彼女が死んで安心している自分です。
患者さんの死を望むなんて、最低です。看護士失格です
▼ 高田 いいこと教えてあげる。私、しょっちゅう望んでいる
▼ 神田 そうだよ、仕方ないよ
▼ 高田 看護婦だって人間なんだから、いつもベストの判断を
するのは無理でしょ。あんな患者いなくなればいいの
に、ていうのが看護婦失格だったら、私なんて看護婦
何回辞めたらいいのかわかりゃしないわ。思うだけな
らいいじゃない。タダだし。私なんて毎日、出て行け
とか、死んじゃえとか思ってるよ。実際やったらまず
いけど
▼ 神田 で、何人やったんですか?
▼ 高田 一人だけ
▼ 神田 マジで?
▼ 高田 マジでじゃないわよ。なんで信じるの
▼ 神田 高田さんならやりかねないから
▼ 馬場 ありがとうございます
▼ 高田 別に。あんた、理想があるんだったら、ここでメゲち
ゃダメよ。私みたいに適当にやってる看護婦ばっかり
じゃダメよ。目指せナースの星!
▼ 馬場 ありがとうございます

 間。

▼ 高田 戻りましょうか。おでんがさめちゃう
▼ 神田 一服していきますよ
▼ 高田 だめ
▼ 神田 馬場くん、いとしい彼女を支えてやれよ
▼ 馬場 大きなお世話です

 高田、馬場、入室。

有楽 おかえり。元気になった?
馬場 ええ、もうすっかり
有楽 元気ないね
新橋 根が繊細で、優しいのよね
高田 根が暗くて、優柔不断なのよね
有楽 ははは、僕と同じだ
高田 いえ、別に羽村さんのことを言ったわけでは
有楽 気になさらないで下さい
馬場 クヨクヨしても仕方がないのはわかっているんですけどね
新橋 ほんとに、伝えそこなった言葉って、魚の小骨みたいに、心に残るの

 間。

新橋 私も言いそびれちゃったことがあるの。みんな、聞いてくれる?
高田 のろけ話だったら聞きませんよ
新橋 違うわ。聞いて欲しくて

 間。神田、入室。

新橋 (有楽の手を握る)五年前の雨の日、ちょうど今くらいの季節だったかしら。蒸し暑かった。仕事が忙しくて、あんまり寝ていなくってね。車の運転も危なっかしかったんだけど。一分でも早く寝たくて、飛ばしてたわ。そのとき、トラックが急に目の前に現れて。あわててハンドルを切って急ブレーキ、私は軽い打ち身で済んだのだけど、私の後ろの車はメチャクチャ。二人死んだわ。それが、あの子の両親。私、彼女の。ずっと、言わなくちゃと思ってて、でも
有楽 お前の責任じゃないよ
新橋 わかってるの、それは。でも、私が上手によけていれば、私がもっと早く気づいていればって
有楽 お前の責任じゃない
馬場 ひょっとして、それでお酒が
新橋 そうね。男遊びも激しくなって、仕事もしていたんだけど。身体の方が先に壊れちゃった
有楽 もっと早く気づいてやれれば
新橋 無理よ。あなたとちがって、私、ウソが上手だもの
有楽 まいったな
高田 あの子と同じ病室になるなんて。偶然ね
新橋 本当に、すごい偶然です。目黒ちゃん、そのときのことすごくしりたがっていて、でも、言えなかった
神田 言わなくて良かったですよ
新橋 なぜ?
神田 世の中には、知らなくて幸せなこともありますよ。あいつ、両親のことも馬場のことも、薄々感づいていたんじゃないかな。でも、はっきりさせないほうが良かったと思いますよ。ちょっと想像してみればわかるとおもいますけど、今わの際で、振られたり、親の仇みたいな人に出会ったりして、嬉しいですか? 言わなくて良かったんですよ
高田 結果オーライよね
上野 みんな出て行ってよ
新橋 ごめんなさい
馬場 ごめん
神田 謝ることないですよ、こんな狭量なやつ。自分が一番不幸みたいな面して、気に入らないったらありゃしない
上野 なんだって?
神田 お前みてるとイライラするって言ってんだよ、レミゼラブル女
上野 バカ!
高田 (神田に)やめなさい
神田 昔のオレを見ているみたいだ
有楽 昔の神田先生、ですか
神田 いや。オレもあんなだったんですよ。彼女が急性白血病で入院していたとき

 間。

有楽 彼女は今?
神田 生きていますよ。ここでね(胸を指差す)

 渋谷、入場。入室。

渋谷 まだ起きてるの。早く寝ないとダメよ
神田 お疲れ様です
有楽 すみなせん。先生、おでんを買ってきたんですが、いかがですか?
渋谷 ご好意だけありがたくいただきます
有楽 そうは言ってもお疲れでしょうし
渋谷 食欲があまり。すみません。上野さん、話があるそうだけど、医局に来る?
上野 ここでいい

 間。

渋谷 何?
上野 あいつ、イヤだって言ってたよね。どうしてあんなことしたのよ!
渋谷 落ち着きなさい
上野 イヤがるようなことするなよ。あいつ、何だかんだ言ってあんたのこと好きだったのに
渋谷 体力が低下しなかったら、今日死ぬことはなかったんだ
上野 私が悪いって?
渋谷 そうは言っていない。しかし、我々医療スタッフを糾弾する前に、自分に何ができたか考えてもいいんじゃないかと言っているだけだよ
神田 言いすぎですよ。まるで上野が殺したような言い方じゃないですか
渋谷 言い過ぎた。謝るよ
上野 もっと苦しまないようにしてあげてよ。そばにいて欲しいって、私にそばにいて欲しいって言ってたのに、何の権利があって邪魔したの
渋谷 適切な処理の妨げとなる
上野 じゃあ助けなさいよ! 生き返らせてよあいつを!
神田 無理だよ
上野 えらそうに、結局殺しただけじゃない!
神田 言いすぎだって。渋谷先生、オレこいつの気持ちもわかるんですよ。オレの考えでは、ターミナルの患者は極力その本人の意思を尊重するべきだと思っています。彼女のケースは未成年と言うこともあり判断の難しいところもありましたけど、オレは自分の死に方を選べる分別はあったと判断しています
渋谷 いまここでいうべき発言ではないわね
神田 なぜです。風通しのいい議論でいいじゃないですか。患者の前でできないような話は、医者同士でもやらないほうがいいんですよ
渋谷 理想論だ
高田 もうやめましょう
馬場 あの、いいですか
渋谷 なんだい?
上野 なによ
馬場 いや、ごめんなさい、いいです
神田 なんだよ、それ
高田 さ、もうやめやめ。アイス食べましょう。とけちゃうわよ
有楽 ごめんね、僕が気をつければ
上野 やめてよ
高田 何描いてたの?

 間。

上野 あいつは死んでいないだけではなく、生きようとしていた
渋谷 傲慢だと思うわ、その論理。生きているわけじゃなくて、ただ死んでいないだけ。寝たきりの人の前で、それ言える? それはそうかもしれません。生きると言うことは、自分に正直に一生懸命やることでしょう。でもね、そもそも自分の力で生きるっていう発想が傲慢なのよ。我々は、生きているのではなく、生かされているの
上野 助けられなかったくせに
渋谷 医療スタッフが生かしてるという意味ではないわ
高田 そうね。私達は、生かされてる人の、生きようという意思を手助けをしているだけなのよね
神田 珍しい
高田 いや、取り消し。やめましょう、ここで
渋谷 家族や友人や仲間や空気や森や大地や海や風や星空や動物や魚や虫や細菌に至るまで、そういったすべての、この世にあるあらゆるものに生かされているのだと。私はそう思います
新橋 傲慢か
高田 渋谷先生
渋谷 らしくないね。忘れてください。医療は可能性
神田 その発想って、死に行く人の考え方がないじゃないですか。よく死ぬっていう発想は必要ですよ。ターミナルの患者に色々やるのは、反対です。オレ二人がチャリンコで出ていくところ見ちゃったんですよね。でも止められなかった。止められますか?オレの彼女はね、花火が見たいって言ったんです。でも連れて行ってやれなかった。治ったら二人で行こうねなんて、治りっこないのにね。もし目黒を殺した奴がいるのだとすれば、こうなることがわかっていて止めなかったオレです。でもオレは自分が間違ってるとは思ってません。有意義な一日を尊び、管だらけの一ヶ月を憎みます
渋谷 若いな
馬場 若さで片付けられるのはイヤです
有楽 ちょっと、いいですか
神田 なんですか
有楽 神田先生の仰ること、とてもよく分かります。でも、私としては、やっぱり断固として病気と闘ったっていう自負があるんです。それを支えてくれた医師にも感謝をしています。ですから、そんなに渋谷先生を
高田 私も一号の意見に賛成かな。この中で慢性骨髄性白血病の患者さんを一番多く治しているのは渋谷先生なんですから、素人や素人に毛が生えた程度の方の意見よりも、一〇年間現場でがんばってらっしゃる渋谷先生の判断が正しかったと思いますよ。さ、もういいでしょ、こんな話は
神田 ごもっとも。この話はやめましょうか
渋谷 ありがとう。少し夜風にあたってくるよ

 渋谷、退室。廊下に。

有楽 あ、おでん
新橋 食べないわよ
高田 アイスだけ持っていきますね。渋谷先生、アイスっ子だから
有楽 馬場くん、全部お食べ
馬場 いただきます

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