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11 November 2004 |
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■Archive / 戯曲集●Scripts of Jikando / 時間堂公演戯曲集「画廊にひとがこないいくつかの事情」 黒澤世莉女性6人 男性1人 75分 時間堂上演時の情報へ。 上野 二二歳 女性 絵描きの端くれ。 田中 三〇歳 女性 絵描きの端くれ。アメリカ留学経験あり。水野の幼なじみ。 水野 三〇歳 女性 洋服デザイナー。アメリカ留学経験あり。田中の幼なじみ。 土屋 三〇歳 男性 水野の夫。喫茶店をいくつか経営している。田中、水野と同時期にアメリカ留学経験あり。 吉池 二〇歳 女性 絵描きに憧れる学生。金持ちの娘。 長内 二五歳 女性 編集者。上野の同僚。 田淵 二五歳 女性 金融業者。 時代 二〇世紀から二十一世紀にかけてのいつか。 時間 正月。一三時。 場所 日本。大きな街の画廊。三人展の最中。印象のバラバラな作品がいくつもかざられている。 絵画や洋服が並んでいる画廊。どれも良くできているが、印象はバラバラで、展示会としての思想や方向はないことがすぐわかる。たくさんの花が届いている。開場すると、舞台にはすでに田中がいる。テーブルには手紙を書く道具一式と農協牛乳とコップ。田中は辞書をひきながら手紙を書いている。舞台中央の七輪では餅が焼かれている。田中、餅を食べ、牛乳を飲む。開演時間になり、上野が帰ってくる。 上野 ただいま。おお、寒い寒い、外。(七輪にあたる) 間。 上野 よく飽きないね、お餅。 田中 もう飽きた。他のものが食べたいよ。 上野 よかったね、送ってきてくれて、お餅。お母さん。 田中 おかげで冬が越せそうです。 上野 食べていい? 田中 一〇〇円。 上野 なに、金取る気。そういうの借金完済してから言ってくれる? 上野は荷物をかたづけはじめる。 上野 ねえ、水野は。(間)ねえ、田中。水野は。 田中 寝てる。裏で。 上野 まだ寝てるの? 何時間寝れば気が済むのかね。 田中 あ、ありがとう。 上野 なに? 田中 そういや、忘れてた、起こせって言われてるの。 田中、裏に行く。上野、イスに腰掛け、ワインを飲みながらぼんやりとしている。 田中 (裏から)おきなさい、朝ですよ、水野さん。お母さんみそ汁になっちゃいますよ。 上野 なに言ってんだあいつは。 田中、戻ってくる。 上野 起きたの? 田中 努力はしたわ。 上野 そういうふうには見えなかったけど。 間。 上野 ねえ。(間)ねえ。(間)おい、ブス。 田中 なんだよ、ブタ。 上野 何通書いた。 田中 覚えてない。二〇通くらい。 上野 ディーエムもねえ、それぐらい熱心に出しなさいよ。 田中 あんた何通出したの。ディーエム。 上野 二〇〇通くらい。 田中 嘘つくなよ。 上野 うん。一〇通。 田中 二〇分の一。少ないだろうと思っていたけど、そんなに。 上野 あんたは。 田中 出してない。 上野 えー。 田中 そんなの出したってねえ、正月からわざわざ来ないっつうの、ギャラリーになんか。 上野 ですよね。 間。上野、餅を焼き始める。 上野 オープニングは結構来たよね。 田中 水野の客ばっかりね。いっそ(上野の絵のことを)ばらしちゃおうか。 間。 上野 殺すよ。 田中 怖い。あんた怖いよ。 上野 冗談で言っていいことと悪いことがある。 田中 冗談じゃないんだけどな。 上野 なお悪いよ。気楽にかまえてて。 田中 気楽よ、わたしは、いっつも。 上野 そのうちいいことあるって。 田中 書けた。(と便箋を封入する) 上野 誰宛、それは。 田中 三年のときの担任の先生。 上野 高校の。 田中 小学校。 上野 へー、まだ連絡とってるんだ。 田中 全然。一五年ぶり。 間。 上野 なに書くのよ。 田中 なにって。近況とか。 上野 たとえば。 田中 黒豆を煮るのに失敗しました、とか。 上野 煮てたよね、黒豆。 田中 お正月だからね。 上野 感心だよ。よく買えたね、黒豆、お金ないのに。 田中 あれ、はえてるから。 上野 はえてるの。どこに。 田中 それは、あなた、土手とか、畑とかよ。え、ていうか作らないの、おせち。 上野 うん。作ったことない。 田中 あんたつくらなそうだもんねー。じゃあなに食べるのよ、正月。 上野 別に、いつもと同じだけど、ああ、お餅は食べる。(餅を食べる。間。)お餅ってさあ、かむの難しくない? 田中 難しくない。 上野 うそ、私苦手だな。 田中 死ぬなよ、ここで。あ。この展示のこと書くの忘れた。 間。 田中 どうせ来ないか。 上野 そんなことないでしょ、私が一五年前の生徒から手紙もらったら、行くよ、きっと。 田中 やっぱりどこかで(来て欲しくないと)思ってるのかな。 上野 タナーカ。追伸。 田中 いまさらいいよ、面倒くさい。次は誰に書こうかな。 上野 じゃあ、私のお母さんとか。 田中 お、いいねえ。 上野 手紙って楽しい? 田中 楽しいっていうか、普段は書けないからね、なかなか。こういう暇な時にまとめて。 上野 電話でいいじゃない。 田中 電話嫌い。それにほら、手紙ってもらうと嬉しいじゃない。いっつも請求書かダイレクトメールしか入っていないポストにさ、こう、可憐に咲いた一輪の花よね、私の手紙ってば。あんた嬉しくない、花。 上野 なんで縁遠い人におくるの。 田中 その頭の中に入っているのはアーモンドかクルミかなにか。近しい人に手紙なんか、恥ずかしくって書けるわけないじゃない。 上野 すみませんでした。 田中 餅でも食ってろ。 長内、入場。 長内 こんにちは。 上野 こんにちは。 田中 こんちーす。 上野 すみませんね、なんども、たびたび来てもらって。 長内 こっちこそ、すみませんね、オープニング。つい飲みすぎちゃって。 田中 酒乱の長内さんだ。 上野 あんた忘れてたの。あんなに営業してたくせに。 田中 だって、あのときは、もっと、こんな感じだったじゃない。 長内 お恥ずかしい、本当に。 上野 マシな方でしたよね。 長内 そうね。 田中 あれで? 上野 実力の五割も発揮していなかったよ。 田中 恐るべし長内。 長内 やめてくださいよ。どうですか、お客様の入りは。 上野 見てのとおりですよ。 長内 最初はこんなものですよ。気落ちしないで。 田中 いや、します。気落ちします。最初じゃないんで。 長内 失礼しました。でも、こんなお花も来てるじゃない。 田中 それ全部、水野宛ですから。 長内 ああ。 間。 長内 宣伝なんかは。 田中 そういうのは上野の担当ですから。 上野 初耳だよ。あんまりやってませんねえ。 田中 私は全然やってない。 長内 だから、じゃないですか。 上野 絵を描くのに没頭してると、どうしてもおろそかになっちゃいますよ、バイトもあるし。 長内 そうですよね。 田中 私はヒマだったけどね。 長内 あはは。(間)すみません、水野さんは。 田中 あなたも水野に用事ですか。 長内 すみません。 田中 ひょっとしたら私に用事があってもいいんですよ。 上野 なに言ってるの、早く呼んできなさいよ。 田中 あんた、年下のくせに指図するの。 上野 借金全部返してから言ってください、先輩。 田中 いま呼んできますんで、少々お待ちを。あ、でも、寝起き悪いですよ。 長内 寝てるんですか? 上野 寝てます。 田中 ぐっすり。 長内 寝起きが悪いのはいいけれど。 田中 いいや、よくありませんよ。それはあの子の寝起きを見たことがないからそういう余裕があることを言えるんです。 長内 どっちみち、起こすのはかわいそうなんで、お待ちしてますよ。 田中 起こさないんですか。 長内 ええ、結構です。 田中 起こしてきます。 長内 寝かせてあげてください。 田中 (残念そうに)そうですか。 上野 寝起きはまたの機会で。 長内 それも拝見したいんですけどね。 上野 見ないで済むなら見ないほうがいいです。編集長のタバコ切れよりたちが悪いですから。 長内 それはそれは、相当なものですね。 上野 (編集部の)みんなは元気ですか? 長内 元気ですよ。まだ正月ボケしてますけどね、みんな。ああ、あの人(編集長)が、ほら、アレをなくして困ってました。 上野 アレって? 長内 ほら、手紙とか書くときに使う、アレです。 田中 ペーパーナイフ? 長内 それは、書くときには使わないでしょう。 上野 文鎮。 長内 そうじゃなくって。 吉池、入場。三人は気づかない。吉池は絵をよく見ながら、ゆっくりギャラリーを一周する。 田中 切手。 上野 切手は、また、ちょっと違わない? 田中 必須よ、手紙に。あ、そうでもないか。 上野 え、いや、必要だよ。 田中 あんなの宛名がなければ、差出人のところに戻るようにできてんじゃないの。送りたい人の名前と住所を差出人のところに書いて、住所をめちゃくちゃ書けば、切手がなくても届くわ。 長内 すごい、物知りですね、田中さん。 田中 文通三段ですから。 上野 そんなの気持ち悪くて捨てられちゃうよ。 田中 私なら捨てるね。 長内 ラブレターかもしれませんよ。 田中 むむむ。 上野 切手はろうよ、そういうときは。 田中 オカラが買えるからね、切手代で。 長内 田中さんって、本当に貧乏なんですね。 田中、長内に黙って右手を出す。 長内 すみません、今日は手ぶらで。 田中 いやそんな、いいんですよ、無理になにかを頂戴しようと思ってるわけじゃないですから。ただご存じだと思うんですけど、わたくし少々その、切迫した経済状況の中 吉池 あの、 田中 生活しているので、ご厚意は甘んじて受ける用意があるんです。 長内 あ、ハッカが。(と言ってポケットからお菓子を出す) 田中 バカにしてます? 吉池 すみません。 田中 なによ。 吉池 あのあの、すみません。 上野 この人怒ってるわけじゃないの。こういう顔だから。 田中 般若か、私は。 長内 ああ! 間。 上野 どうしたの? 長内 いえ、なんでもないです。 田中 言いなさい、あなた、ちょっと。 吉池 すみません。 田中 なんか用? 上野 お客さんに向かってそんな言い方ないでしょ。ごめんなさい、この人ちょっとおなかが減ってるんです。 吉池 すみませんすみません、あのあの 長内 わかりましたよ。じゃあ、お餅でも買ってきましょうか、七輪もあるし。 田中 いや、私が選びましょう。 長内 あ、はい。 田中 私、般若系ですかね。 上野 今年流行ってるし。 長内 そうなんですか。 田中 (吉池に)あなた、留守番お願いね。 吉池 あのあの、でも、 上野 よろしくーっす。 吉池 え、あ、はい。 田中、上野、長内、退場。 吉池 どうしよう。(間)いらっしゃいませ。あ、これは違うな。こんにちはー。もうちょっと明るい方がいいかな。こんにちはー。あ、いい感じかも。もっとさわやかにしようかな。こんにちはー。ああ、だんだん楽しくなってきたぞ。こんにちはー。なんかイマイチだなあ。わかった、服だ。服がいけないんだ。(自分の服を脱いで、展示してある服を着る。)お、素敵。やっぱり水野さんの服は素敵だなあ。着負けてるかな、わたし。だめだ、緊張してきちゃった。がんばれ、ヨッシー。がんばれ、ヨッシー。(間)こんにちはー。(間)今の感じだ、そうだ、今の感じだ。もっとエキセントリックに、(と飾ってある仮面をかぶる。)動きもつけたらどうだろう、こんにちはー。 水野、控え室から入場。吉池と目が合う。間。吉池、つったっている。水野、座る。 水野 誰? 吉池 吉池です。 水野 あ、そう。 間。 水野 今日はなに。パフォーマンスの日。 吉池 いえ。 水野 そうよね。怖いんだけど、誰もいないでしょ、ここ。私の服着てるし、それ飾ってあったやつでしょ、それで挨拶してるでしょ、あなた。怖いんだけど、すごく。 吉池 あの、怪しいものではないんです。 間。 水野 怪しい人はみんなそう言うわ。 吉池 あの、あの、水野さんですよね。 水野 やだ、なんで知ってるの。 吉池 あの、あの、ごめんなさい、勝手に着ちゃって。前のコレクションで水野さんのワンピース、買ったんです、吉池って言います、もう覚えてないかもしれないんですけど。 水野 吉池さん。ごめん、お面、ちょっと。(吉池、あわててお面を取る。間。)ああ、ああ、覚えてる覚えてる、なんだ、そうだったの。ありがとう。わざわざ今日はきてくれたの?(吉池、ほこらしくポーズをとる。)ああ、つまり、来るって意味で。(吉池、うなずく。)ごめんなさい。わからなかったわ。(間。)せっかく来てもらったのに、どうなってるんだろ。なんで誰もいないの。 吉池 あの、買い物、行かれました。留守番です。 水野 留守番。あなたが? ああ、ちょっと喋ったの。 水野、飲み物などがあるべき場所を見るが、なにもない。吉池、首を振る。間。 吉池 一方的に喋られました。 水野 ああ。 吉池 そして、留守番になりました。 間。 水野 ごめんね、よくわからないけど。もうワインないや。お茶もないし、まったく。お餅食べる? 吉池、うなずく。水野、お餅を二個焼く。間。 水野 今回は、新作が少ないんだ。 吉池 やややっぱりお忙しいんですか。 水野 注文をこなすのが精一杯で、ね。本当はもっと出したかったんだけど。 吉池 でも、すっごく素敵です、あの、赤いワンピースが。どれもこれも素敵なんですけど、とくにって意味で。あれは、あの、あの、もう買い手ついてますか? 水野 まだだけど。 吉池 じゃあ、あの。 水野 ありがとう、じゃあ展示が終わったらお譲りします。 吉池 ありがとうございます。感激です。とっても。わたしは感激です。とっても。あの、お金。 水野 後でいいわよ。他の人のも観た? 吉池 はい、みなさん、とっても絵がお上手です。 水野 ねえ。みんないいわよね。でもちっとも売れないのよね、どうしてか。 吉池 あの、わたし、あれ観てすごく感動して、すごく感動しました。あの、赤い鳥の絵。みんなすごくいいんですけど、とくに、あれ、よかったです。 水野 へえ、言ってあげてよ、田中よろこぶわ、きっと。 吉池 田中さんですか! 水野 意外? 吉池 田中さんですか。田中さんですか。 水野 たしかにちょっとね、印象違うかもね。 吉池 はい。とうていああいう人が書いたとは思えないほど、繊細で、優しいです。 水野 褒めてるんだよね、それ。 吉池 もちろんです。 水野 ああ、よかった。ちょっとごめんね。 水野、控え室へ退場。吉池、会場内をウロウロする。赤い鳥の絵をしげしげと見つめ、取る。絵にむかって大きなくしゃみ。つばが絵に飛ぶ。大慌て。絵を手近に落ちていた自分のマフラーでゴシゴシと拭く。一見、なにも変わっていないように見える。土屋、入場。 土屋 こんにちは。 吉池 ギャー! 土屋 わ! 吉池 あのあのあのあのあの、なんでもないんです。 土屋 びっくりしちゃったよ、みんなびっくりしてるじゃない。 吉池 すみません。 土屋 人が来てないだろうと思って来たから、びっくりしたよ。いっぱいじゃない。 吉池 いっぱいですかね。 水野、入場。 水野 来たのね。 土屋 悪い? 水野 いらっしゃい。 土屋 すごい人だね。 間。 水野 それ、見えるのあなただけよ。 土屋 ああ、なんだ。 吉池 みみみみ、見えるんですか。なにか。 土屋 うん、ちょっと、五〇人くらいいる感じ。 水野 信じなくっていいわよ。 土屋 囲まれているよ私たちは。 水野 いいんじゃない、にぎやかで。ただでさえ(お客さんが)少ないんだから。 土屋 たしかに、大勢に見てもらったほうが作品も浮かばれるよね。せっかくだからストリップでもみせてやったらどうだろう。 水野 最低。 間。吉池、脱ぎ散らかしてある自分の服を慌てて回収する。 吉池 わわわたし、着替えてきます。 土屋 ここで? 水野 裏、使っていいから。 吉池 ああ、ありがとうございまし。あ、ます。 吉池、控え室へ退場。間。 土屋 一人暮らしは楽しいかい? 水野 おかげさまで満喫しているわ。 土屋 で、どうよ。 水野 どうよって? 土屋 帰ってきてもらえない? 水野 もうその話は何度もしたじゃない。 土屋 ああ何度でもするね、君が首を縦に振るまで。 水野 こんなところでする話じゃないでしょ。 土屋 今だからするんだよ、人が来てからじゃ遅いだろ。 水野 あら、たくさんいるんじゃないの、人。 土屋 これは人じゃない。人だったものだ。 水野 理屈っぽいね。 土屋 口先から生まれたから。 水野 嫌われるわよ、理屈っぽいのに封建的なのは。 土屋 リベラルだから大丈夫だよ。 水野 リベラルなダンナサマだったら、オクサマの主張を認めていただきたいわね。 土屋 俺は大概のことは認められる、理解ある夫だと思うよ。 水野 じゃあ。 土屋 離婚を認めるのは、リベラルとか理解とか関係ないでしょ。 水野 いい加減にあきらめて欲しいわね。 土屋 俺は君が好きだ。君も俺を好きだ。別れる理由なんてないだろう。 水野 ははは、他にも好きな人ができたって言ったら? 間。吉池、非常にばつが悪そうに出てくる。手には人形を抱えている。 吉池 (人形)もーもー。 間。 吉池 ごごごごごめんなさい。 水野 いいのよ。 間。 水野 それも田中。つくったの。 吉池 へえ、なんでもできるんですね。 水野 器用なのよ。なんでもつくるわよ。 土屋 家具でも何でも全部手作りだからな。 吉池 すごいです、すごいです。 水野 とっつきにくいけど、いい子よ。 土屋 とっつきはわるいけどな。 吉池 とっつきがわるいくらい、チェームポイントですよ 田中、入場。手提げにワインなどが入っている。 田中 悪かったわね、とっつきが悪くて。あとチェームポイントってなによ。あれ? ベトナムのデザート? 吉池 ごめんなさいごめんなさい。 土屋 あんまりいじめるんじゃないよ。 水野 あなたの絵、気に入ったみたいよ。あと、人形と、仮面も。 田中 そりゃどうも。 吉池 あれ、とくに、すごい好きです、あれ。(と指さす) 田中 ああ、いいよね、あれ。 水野 人ごとね。 田中 ある意味人ごとよね。もっと私を褒めてよ。 吉池 はい。(考える) 間。 田中 もういい。 吉池 もうちょっと待ってください。 田中 山よりも深く傷ついたよ。 水野 それあんま傷ついてないよ。 田中 うん。 土屋 こういう人だからさ、真に受けると疲れちゃうよ。 吉池 わたし、いつでも全力特急ですから。 土屋 それはなんていうか。速そうでいいね。 吉池 ありがとうございます。がんばります。 土屋 うん、その意気その意気。 田中 (吉池に)あんた誰? 水野 知らない人に留守番させないでよ。 田中 だって、いるんだもの。 吉池 すみません、吉池です。あのあの、よかったらヨッシーって呼んでください。 田中 嫌。 水野 うん、ちょっと嫌ね。 土屋 ごめん、ダメだ。 間。 吉池 (人形)ボクハヨッシーッテヨブモー。 間。 水野 もう知ってると思うけど、これは土屋さんっていって、アレ。でこっちが田中。 吉池 そんなにダメでしょうか。 水野 ワイン好き? 吉池 はい、好きです、甘いのが特に、ミュスカとか。 田中 あんたも水野(に会いに来たの)? 土屋 俺はお前にだよ。 田中 じゃあキスして。(土屋と田中、頬にキスする)嘘つきは閻魔さまになるぞ。 土屋 出世街道まっしぐらだな。 水野 途中で失脚するわよ。 上野 ただいま。 上野と長内、入場。手提げにチーズなどが入っている。長内、裏に荷物を置きに行く。ここから上野と長内と土屋はチーズフォンデュをつくりながら。水野、全員にワインを配る。 水野 おかえり。 田中 遅い。 上野 あ、土屋さんだ。 土屋 よう、ひさしぶり。 上野 お店はどうですか? 土屋 おお、年明けはヒマだな。だからここに来られるわけだが。 上野 チーズとパンを買ってきました、さあどうするでしょうか。 田中 満漢全席。 土屋 あ、惜しい。 吉池 ちょっとだけ材料足りませんよね。 水野 チーズフォンデュでしょ。 上野 ピンポーン、水野さん正解。(田中に)負け犬はどこまで行っても負け犬ね。 長内、入場。 長内 水野さん、起きたんですね。 水野 来てたんだ、長内さん。 長内 来てますよ、そりゃあ。 水野 ごめん、寝過ごしちゃった。はい、ワインどうぞ。 長内 いえ、ご遠慮します、また乱れてしまうので。 上野 気にすることないのに。 田中 気にしてください、本当。びびりますから。 上野 面白がってたでしょ。 水野 起こしてくれれば良かったのに。 田中 わたしゃ起こしたよ。 水野 結果出してよね。 上野 起こしたら暴れるくせに。 水野 (長内に)これ、うちの配偶者の土屋。 土屋 どうも、配偶者です。 長内 お店やられてるっていう、あの、喫茶店を。 土屋 ええ。 吉池 あ、水野さんが制服のデザインしてる、昭和堂の。 土屋 今はもう、ユニフォームは変わってるけどね。 長内 また新しくお店出されたって聞きました。 土屋 おかげさまで、なんとかやっています。 水野 ぼったくりだからね。で、この人が編集の長内さん。 長内 おしゃれ手帖編集部の長内といいます。水野さんにはお世話になっています。あと、上野さんの同僚でもあります。 上野 同僚っていったって、私はバイトだけどね。 長内 なにを言うんです。上野さんがいなかったら編集部の空気は誰がなごませるんですか。 水野 ムードメーカーとしては役立ってるのね。 上野 他に取り柄ないからね。 田中 自己分析できてるじゃない。 上野 でしょ。 田中 喜んでるよ、この子。 長内 そういうところがいいんですよ、上野さんは。 吉池 でもでも、絵が描けるじゃないですか。 上野 (絵なんて)誰にだって描けるわよ。 吉池 無理無理です。私私、観るのは大大大好きですけど、描くのは何回かやってみたけどもうてんで無理です。 田中 それは才能がないからだ。 間。 水野 そういう話をしているのよ、今。 田中 そうなの? 上野 (吉池に)あなたは絵を描くの、好き? 吉池 はいはいはい、好きです。好きです。 上野 いい返事ね。じゃあ、楽しく描けばいいんだよ。 吉池 でもへたくそです。 上野 そんなの関係ないじゃない。そりゃあプロになろうと思ったら、楽しいだけじゃまずいけど。あなたはあなたなんだから。描いていて楽しければ、それでいいのよ。今度見せてよ、あなたの描いた絵。 吉池 はい、ありがとうございます。感激です。 水野 まあ才能なんてね、じっさいたいした問題じゃないのよ。ようは続けたモンがちだから。 上野 やっぱ三○代は言うこと違いますね。 水野 え? 長内 私も絵とか、自分でも描きますけど、やっぱりぜんぜん違いますよね、アーティストの方たちとは。ましてや、ねえ、洋服なんてさっぱりですよ。 吉池 ほんとほんとです、雑巾だって縫えないですもん。 上野 それ自慢にならないよ。 吉池 あこがれですよねー、デザイナーとかって。 長内 そうね。 水野 私のことデザイナーって呼ぶの、やめて。 長内 なんてお呼びしたらいいですか? 水野 なんでもいいんだけれど。服屋、かな。 田中 出たよ。よくそういうこと臆面もなく言えるわね。 水野 悪い? 田中 いいや、悪くないよ、大いに結構。むしろ推奨するよ、なにしろ私にはできないからね。上野、あんたどう思う? 上野 どうも思わないけど。 田中 ナッツ頭、あんたもっと自分もちなさいよ。つーか、最近このヒトみたいにさ、イラストレーターとかライターとか俳優とか、そういう普通の言葉が嫌いっぽいヒトがさ、なんか、絵描きですだの歌い手ですだの綴る者ですだの演劇人ですだの、なんか、あとなんだかしんないけど長ったらしい肩書きで呼んでくださいみたいなヤツいるじゃない。それに対してあんた、賛成も反対もないわけ。 吉池 わたし恰好いいと 田中 聞いてないよ。 吉池 (人形)デシャバルナモー。 上野 テツのゲージツカ、とか? 田中 ちょっと違うけど、それも許す。 水野 そんなに文句があるわけ。 田中 恥ずかしいの、単純に。一友人として、いかがなものかと思うわけよ。小学校以来のつきあいよ? 給食のピーマンとミカンを交換しあった仲じゃないか。いいじゃない、洋服デザイナーで。わかりやすいし、とおりがいいわよ。 水野 それじゃ、たくさんいるそういう肩書きのヒトと一緒になってしまうじゃない。 田中 差別化はあんた、作品ではかってよ。 水野 外注の仕事で(自分自身の)表現なんてできないよ。 長内 ごめんなさい。 水野 あ、ごめんなさい。 上野 結局、モノ見てもらわないと、だよね。肩書きとかではなく。 田中 モノ見たって、わかるかどうかあやしいもんだけど。 吉池 お店出したらいいじゃないですか。 長内 そうですよ、ちょうどいいじゃないですか。 水野 ちょうどいいって? 長内 水野さん、今年度のおしゃれ手帖デザインアワードにノミネートしたいんです。私と編集長はかなり強く推してますし、断言はできませんけど、いい結果が出ると思うんですね。 吉池 すごい! 水野 それは、ありがたいお話ね。 吉池 おめでとうございます!(人形)ヨカッタモー! 水野 まだ決まったわけじゃ、 田中 あんたばっかりいいわね、ちょっと。 上野 ほんと、ちょっと前まで土屋さんにやしなってもらってたのにね。 田中 あやからなきゃ。 水野 実力だから。それだけがんばったし。 田中 どうせわたしはがんばってませんよ。 長内 今日もノミネートの了解を得ようと思って。水野さんは確実に成功する、えーと、服屋? だと思うんですね。工房とお店を一緒に持つには少し早いかもしれないけど、土屋さん、喫茶店をいくつも経営されているんだから、お二人で共同経営されたら。 上野 自分の店なら好きなモノつくれるし。わるくないかもね。 田中 思い出すね、初めて昭和堂作ったとき、三人で泊まり込みで内装とかやってさ。しんどかったなあ。 吉池 私毎日行きます、お店。 上野 そうだよ、私も田中も手伝うから。 水野と土屋、目を合わせる。間。 水野 ありがとう、考えてみる。 田中 (長内に)それ、わざわざ伝えに来たんだ。 長内 はい。 田中 どいつもこいつも水野、水野って、そんなにこの女がいいのか。上手いのか? 土屋 はい。 水野 黙れ。 田中 ふっ、夜風が眼にしみるぜ。 田中、裏に退場。 吉池 (人形)タソガレテルモー。 長内 大丈夫ですかね。 土屋 大便だよ。 水野 最低。 上野 水野、どれくらい宣伝したの。 水野 そんなにしてないけど、忙しかったし。この前のショーの半分くらいかな。 上野 それで何人なの。 水野 三〇〇人くらい。 上野 田中に悔しがる資格はないね。 吉池 かわいそう。 土屋 あいつはいつも自業自得だよ。 長内 絵、描くだけじゃだめなんですよね、営業もしないと。 上野 どこかにいいアートマネージャー転がってないですかね。 土屋 いっぱいいるんじゃないか、金さえ払えば。 長内 所詮、浮き世は金次第ですから。 上野 絵描きって悲しい。 間。みんなで鍋を見つめる。 吉池 (人形)ニエタカモー。 上野 どうですか。 土屋 まだだね。 間。みんなで鍋を見つめる。 水野 田中のイラストとか、使えないかな、おしゃれ手帖で。 長内 私も、それを考えていたんです。あの絵のイメージなんか、うちにあっていると思うんですね。 土屋 それ、いいじゃない。 水野 話してあげてよ、田中に。 田淵、入場。 田淵 すみません。田中さんて方、ここにいらっしゃいますか。 上野 水野に用事ですか。 田淵 いえ、田中さんに。いらっしゃいます? 上野 田中、いますよ。でも本当に田中でいいんですか。水野もいますよ。 田淵 水野さんという方は存じ上げないんで、田中さん、お願いします。 上野 どうしよう。 水野 どうって、呼んでこないと。 長内 私が行きましょうか。 上野 ごめん、あまりの事態にうろたえちゃった。 土屋 大便してる場合じゃないよ。 吉池 春が来ましたね、田中さんに。 上野、裏に退場。間。 水野 すみません。おかけになったら? 田淵 このままで結構です。 水野 飲み物どうぞ。 田淵 遠慮します。お気になさらずに。 間。 水野 お友達ですか? 田淵 違います。 間。 水野 そうですか。 長内 喜びますよね、田中さん、きっと。 田淵 ひとつお伺いしてもいいですか? 水野 はい、なんでしょう。 田淵 こういうの、来るの初めてなんですけど、儲かるんですか。 水野 儲からないですね。 田淵 一銭も? 水野 一銭も、ということはないとおもいますけど、作品が売れたら収入になるわけですし。 長内 実際、この規模の合同展じゃ、なかなか売れたりしませんけどね。 田淵 (水野に)失礼ですけど、今回なにか売れました? 水野 私は服屋なんで、後の二人よりは売れやすいんですよ、それで、だいたい七万円くらいですかね。 田淵 たったの? 水野 ええ。 田淵 だって、材料費とか、作る時間とか、場所を借りるお金とかもかかるんでしょう。 水野 そうですね。ですから、まあ、赤字ですね。 田淵 田中は売れているんでしょうか。 水野 残念ですけど、なにも。 吉池 でも、すごく素敵な絵を描かれるんですよ、人格からは想像もできないくらい。よかったら、ご覧になったらいかがですか。 田淵 せっかくですが、興味ないんで。 土屋 そういうはっきり言うところ、嫌いじゃないな。どうです、チーズフォンデュ。 田淵 いりません。昼はすませてきたので。 土屋 大便、長いですよ、あいつ。 上野、戻ってくる。 上野 今誰にも会いたくないそうです。 長内 よほどたまってたんでしょうね。 水野 トイレじゃないわよ。 長内 え、そうなんですか? 上野 いや、トイレだった。でも。 土屋 だろ。大便だよ。宿便と戦っているんだろう。 水野 やめてよ。恥ずかしい。 吉池 (人形)ユカイダモー。 土屋 ありがとうございます。 田淵 お忙しいんですか? 上野 お忙しいっていいますか、いまちょっと吐いてます。 長内 床を? 上野 いや、リバースしてます。 水野 どうしたの。 長内 妊娠? 上野 妊娠だったらマリア様ですよ、田中。 土屋 餅の食い過ぎだろ。 水野 意地汚いんだから。 田淵 悪そうですか。 上野 いや、そのうち来ると思うんですけど。 田淵 待たせてもらっていいですか。 上野 もちろんです。ついでに作品でも観ててください。 長内 いい絵描きますよ、本当に。 田淵 そうですか。 土屋 じゃ、先に食うか。 水野 そうしましょう。 吉池 オイシソウダモー。 上野、水野、長内、吉池、土屋、口々にいただきます、などと言って食べ始める。食べながらも田淵のことが気になって仕方がない様子。 田淵、作品を何の気なしに眺めて回る。一つの作品の前で立ち止まる。 田淵 これはどなたが? 上野 田中です。 田淵 田中が。 吉池 その絵、いいですよね。私も大大超好きです。 田淵 これでいくら位なんですか。 上野 いくらっていうと? 田淵 値段です。 上野 さあ。聞いたことないですけど、そのサイズだったら、一〇万くらいじゃないですか。 田淵 この絵が一〇万円か。 田中 弱り目に祟り目だな。 田中、入場。 田中 なぜあんたがここに。 田淵 ここにあなたがいるからです。 田中 帰ってくれます。 田淵 今日は仕事で来た訳じゃないですから。 田中 なにしに来たのよ。 田淵 あなたの絵を見に。 田中 うそだ。 田淵 うそです。 上野 紹介してよ、どなた、この方。 田中 借金取りじゃないよ。 間。 田中 あ、言っちゃった。 水野 あんた、金貸しから借りてるの? 田中 ついうっかり。 土屋 うっかりしてるなあ、それはうっかりしすぎだよ。 上野 この人いくら位。 田淵 うちからは(といって指を五本出す)これくらいですけど、他に四つの会社から同じだけ借りてますからね。 間。 田中 お金ならないわよ。 田淵 だから仕事で来た訳じゃないですから。 土屋 まあ、鍋でもつつこうじゃないか。さあさあ。 みんなで、もくもくと鍋をつつく。 吉池 いただきます。 間。 土屋 うん、どんどん食べな。 吉池 私、いただきます。あの絵。いくらですか。 田中 三万。 吉池 いただきます。 上野 安いね。 田中 ドルだから。 上野 高いよ。 吉池 カードでいいですか。 田中 うん。いますぐね。 吉池 じゃあ、これで。(とクレジットのゴールド会員カードを出す。間。) 水野 え、本気なの? 田中 あんた何者なの。 吉池 吉池です。ヨッシーってよんでください。(人形)ヨッシーダモー。 田中 冗談だよ、三万ドルなんて。 吉池 いいえ、三万ドルでいいです。あの絵、すごく好きです。それで借金を返してください。 田中 借金返してもだいぶ余るじゃない。 吉池 余ったお金で、また作品を作ってください。私、田中さん正直に言ってちょっと苦手って言うか、気持ち悪いんですけど、絵は好きですから。 田中 ちっとも喜べないわね。 田淵 よけいなお節介だと思うんだけど。やめておいたほうがいいと思います。 吉池 なんでですか。 田淵 この人、借金なめてますよ。虚偽の申請をして金を借りて、そのまま海外旅行ですからね。信じられます? それで帰ってきたら、臆面もなく、お金がないから返せません、だって。こっちもないところからは取り立てられないから。 土屋 お前なあ。すげえなあ。 水野 感心してどうするのよ。 土屋 おかしいと思ったんだよな、どうして二年もアメリカに戻れたのか。そういうことね。 水野 本当に、どうするのよ、そのお金は。 田中 絵ならあるぞ。 田淵 絵は、幸か不幸か、こっちじゃ換金できませんから。 田中 日本は芸術家に冷たいわ。 吉池 だから私が。 田中 これを買ってくれるの? よかったね、上野。 上野 やめてよ。怒るよ。 田中 残念だけど、私ここにある絵一枚も描いてないのよ。ここ二年納得いくモノが描けたためしがないし、この三ヶ月に至っては、絵筆さえ持っていないよ。 間。上野、外に出て行こうとする。 水野 待って。二人とも、わけがわからないわ。ちゃんと説明して。 土屋 自分たちもわかってないんじゃないか。 水野 田中、だって、あなた、一番描いてたじゃない、私たちの中で。ソーホーの日本人で、一番たくさん描いていたのも、一番絵の神様に愛されていたのもあなただったのに。 土屋 田中は二年前から描けなくなったの? 田中 だいたいそれくらいだったと思う。だからニューヨークに帰ったんだけど、結局なにも変わらなかったね。 水野 どうして上野の作品を、自分のモノだって言って出したのよ。 上野 それは私がやったの。 土屋 どうして? 上野 私が三年前に、事故にあって絵描きをあきらめたって話はしたことあると思うんだけど。 水野 うん、聞いた。 上野 美大も辞めて、絵も思うように描けないし、やさぐれてたときに田中が公園で落書きしててさ。なんか、自由で楽しそうだなと思って。公園にきてる子供にも筆を持たせて、彼らが描いた線を、田中がまたふくらませて。油はこうじゃなきゃいけない、みたいに凝り固まっていたのが、ドロドロとけちゃったんだよね、この人のおかげで。 田中 あとは銃で脅して描けって言ったわけ。 上野 田中の家まで押しかけてさ、あの風呂も洗濯機も冷蔵庫もない部屋でさ、ひたすら田中が描いてるの見て、田中の真似してみて、田中みたいになれたらいいなと思って、暑い夏に汗でドロドロになってさ、二人で寝ないで絵の具でドロドロになってさ、田中みたいに楽しく描けたらいいなとおもって、ほら、私こんなに楽しく描けるようになったよ。はやく帰ってきてよ。田中。早く帰ってきてよ。 田中 そういわれましても、私も帰りたい気持ちはマウンテンマウンテンなんですが。 土屋 なるほどな、俺たちでさえ騙されたんだ、そこらのやつにゃ、これが田中の絵か上野の絵かなんてわからんよな。 水野 本当に、そっくり。 上野 右で描くと、田中みたいに描けるのよ。左は、自分の絵。 水野 上野は、自分の絵も見つかったんだ。 田中 もともと才能があったんでしょ、こいつに。それだけよ。思うに私は描きすぎてしまったんだよ。人間は生まれてから死ぬまでの間に、何枚の絵を描けるのかって言うのが決まっているんだね。私はそれを超えてしまったんだよ。 水野 やだなあ。あんた私のあこがれだったのに。あんた格好良かったんだよ、自由で快活でバカで、日本人でもアメリカ人でもほかの連中でも、ソーホーにいるヤツらはみんなあんたが好きだった。あんたの絵が好きだった。あんたの生き方が好きだった。ねえ、あのときの日本人で、まだものをつくってるの私たちだけなんだからさ。 田中 無理無理。あんたたちについていくのは無理だよ。一〇年前や三年前はどうかしらんけど、今の私はただの借金の多いブスだ。 上野 ブスだっていいじゃない。 田中 そこは問題じゃない。芸術家を辞めるとは言ってないでしょ。 土屋 絵をやめて、他をはじめるってこと? 田中 うん。ライフアーティストになる。 土屋 生き様が芸術的ってこと? 田中 ううん。子育てする。究極の芸術じゃない? 子育て。 水野 それって、ご懐妊してるってこと? 田中 うん。 間。 吉池 (人形)オメデトウダモー。 田淵 なんだって? 田中 妊娠してるの。三ヶ月。 上野 冗談は顔だけにしてよね。 田中 あのさあ、そんなに不細工じゃないと思うんだけど、私、実際は。 田淵 それは本当ですか。 田中 私がいつ嘘をついたのよ。 土屋 いつっていうか、嘘で塗り固められてるよね。 田淵 旦那はいるの。 田中 いるわけないじゃない。処女よ。 上野 意味わかって喋ってるの。 田淵 あなた、借金抱えて女手一つで手に職もなくて、どうするつもりですか。 田中 さあ、実家に帰って、母と二人でお針子でもしようかね。 上野 田中似合わないよ、秋田。 長内 なまはげって言うより般若ですもの。 田中 孫の顔見せる親孝行というのも、悪くないと思うのよ。 水野 だったら父親も連れてきなさいよ、首に縄つけてでも。 土屋 それ、おれだ。父親。 間。 土屋 早く言えよ。一人で抱えるなよ。 田中 あんたがいい人ぶりたいのはわかるけど、私は水野に嫌われたくないんだけど。 土屋 いいんだよ、そんなことは。お前、子供だよ。ちゃんとしないとダメじゃないか。 田中 あんたが言うかな。 土屋 いや、まさか一回で命中するとはおもわなかったよ。 間。 土屋 すまん。俺が悪かった。 間。 土屋 お前に離婚を迫られてると田中に相談したとき、つい一回だけやってしまった。田中と寝たのは後にも先にもそのときだけだ。 吉池 (人形)ゴキブリモー! 土屋 ああ、すまない。 田中 水野もね、実際こういう男が好きなら、きっちり飼っておきなさいよ、首に鎖つけて。 水野 なんかもう、面倒くさいのよね。 田中 だから別居したの? 水野 実際、自分で稼げるようになるとさ、なんでこの人といっしょにいるのかわからなくなっちゃって。 土屋 責任はとる。離婚もしよう。 水野 最低。 間。 土屋 ああ。俺は最低だ。 水野 誰が離婚するって言ったの 土屋 いや、お前が。 水野 もういいわよ。離婚するのも面倒くさいし。 長内 ああ、水野さん、嫉妬だー。 水野 そうよ。悪い。 長内 私、土屋さんがかわいそうだと思う。だって、夫婦が離れて暮らすなんてどう考えたって不自然ですよ、それを責めるのはお門違いです。そんな風に彼を試す権利は水野さんにないし、バカやろー、退屈だから離婚ちらつかせて、深く考えもしないで愛されてる女ってクサイ本当。女臭い。生きていてつまらないならそこの線路にでも飛び込んだらいいじゃない、なんならわたしが 上野 待って待って、誰よ飲ませたの。 長内 放してよ、 吉池 チーズフォンデュに白ワインが。(チーズフォンデュを裏へ片づける。) 土屋 この人酒乱か? 上野 酒乱の権化ね。 長内 よく聞けよ、だいたい妻という立場に安住しているというのが気に入らないというか、実際男を満足させているのかと聞きたい。家庭でいやされない男がどこに向かうのかと言えばだな、それはもう手近な女にいくしかないわけだよ、くそー、なんで私が安い女になって、あんな女が妻と言うだけで偉そうにふんぞりかえっているのよ。 上野 そうよね、ひどいよね。 長内 だいたいあの人もだらしないのよ、編集部のオールドミスが怖いからって、一番若い私に手を出すあたり気が弱いのよね、まあそういうところも可愛いと思ってるんだけどさ。 田中 酒飲ませると面白いな、このヒト。 水野 こっちだってやっと好きな洋服でお金が稼げるようになったんだからね、時間がないのよ。なによ、ちょっとくらい待てないわけ。 長内 はん、気に入らないことがあるとすぐ離婚だろ、いいご身分ですよね、こっちには離婚なんてカードないですからね、はなっから勝負になりませんよ。このままじゃ私もオールドミス街道まっしぐらだっつーの、あんな編集部じゃ出会いもないし、他のおばさんたちのようにむなしくキャリアを重ねていって、一人寂しく老いていくと思うと、(歌い出す)かなーしくーてーかなしくてー、とてーもやーりーきれーない、この。 田中 ホント面白いねこのヒト。 長内 がんばれ土屋さん、わたしあんた応援するよ。 土屋 ありがとう。 長内 あと紹介する、うちの編集長。ぜったい気が合うと思うよ。 土屋 ありがとう。 水野 離婚なんかしないわよ。養育費も払うわよ。なんなら我が家で引き取ってもいいわよ。 長内 いまさら惜しいの、この人が。 水野 人が欲しいのは欲しくなるの。 長内 はん、そういう面できるんじゃないの。気取っていない女の顔って、私好き。 田中 まあなんだ、水野、すまんかったな。 水野 こっちこそ、迷惑かけてごめんね。養育費はきっちり払わせるから、安心して育てて。 田中 こんなとき、どんな顔をしたらいい? 間。 水野 こんなに腹が立つってことは、まだ好きなんでしょうね。 田中 いやー、執着ですよ、水野先生。子供が飽きたおもちゃでも友達がそれで楽しそうに遊んでいるとなんかムカツクっていうやつですよ。 水野 あんたに言われたくないんだけど。 田中 失礼しました。 土屋 それでも、俺が好きなのは水野なんだ。 水野 わかってるわよ、しつこい。 間。 上野 大人はよくわからないよ。 吉池 ですねですねですね。(人形)ッモーモーモー。 土屋 何にも知らなかった子供時代に戻りたいよ。 上野 絵は辞めちゃうの? 田中 んなこと一言も言ってないでしょう。いま描きたくならないから、もう無理に描こうとするのはやめるだけでさ。 水野 本当に産むの? 間。 田中 正直に言って、わからない。この子を産んで育ててみたいって言う気持ちもあるし、 土屋 金は心配しなくていいぞ。 吉池 私も出します。 田中 心配してないよ。 田淵 少しは心配してください。あなたがたにこの人の債務がすべて払えるんですか? 土屋 二五〇万くらいなら、なんとか。 水野 それまで私たちが払うの? 吉池 カードが使えるなら。 上野 あなた本当になにものなのよ。 吉池 吉池です。ヨッシーって呼んでください。 田淵 おめでたい人たちですね。 田中 いざとなったら自己破産するし。 田淵 それだけは勘弁してくださいよ。これ以上自己破産者が出たらうちが破産します。 土屋 サラ金さんも大変なんだね。 田淵 田淵です。ええ、こういう悪質な人が多いんです。でも世間では我々の方が悪く見えますからね。ここでも。 土屋 ごめんな。 上野 たしかに、よく考えると被害者はサラ金さんですよね。 田淵 田淵です。 田中 ほんと、すまんかった。 田淵 いいですよ、心こもってないんですから。 長内 水。 上野 あ、起きた。 上野、裏で水をついで戻ってくる。長内、一気にそれを飲む。上野、また水をくんでくる。 土屋 サラ金さんは何しに来たの。 田淵 田淵です。田中さん、画家ですごい売れているからすぐお金返せるけど、今は現金がないって言っていて。まあそういう人はいくらもいるんですけど、こんなに心臓の強い債務者初めてだったんで。 土屋 たしかに。 吉池 わたしもびっくりしました。 田淵 だんだん腹も立たなくなったっていうか、どちらかというと興味がわいてきました。このひとはどんなことやってるんだろうって。あとは、個展なんかをやる金があるんだったら、実際は返済能力があるんじゃないかと思って。 土屋 来てみたら、絶望的だったわけだ。 田淵 回収できる気がしませんね。 土屋 ご苦労様。 田淵 私のお金じゃありませんからね。 上野 それだけのために来たんだ。けっこういい人なんじゃない、サラ金さん。 田淵 田淵です。 水野 産むの。 間。 田中 わからない。自分が欲しいのか、それとも母親に孫をみせてやりたいだけなのかなって。うち母子家庭だからね、家族が増えたら喜ぶだろうと思うんだ。最近お母さん調子悪いし、親孝行がしたいだけかも。餅ももらったしね。 上野 焼こうか、お餅。 田中 うん。田舎に帰って、母と娘と孫で暮らすのも悪くはないかも。 上野、裏にいく。お餅を一個持ってくる。 上野 これしかなかったよ。 田中 食べたなー、段ボール一箱あったもん。 上野 食べたね。 田中、餅を焼く。間。 水野 産むならさ、一緒に育てようよ。 土屋 離婚はいいのか。 水野 昔みたいに三人で一緒に住んでさ、子供も住まわせるの。 田中 いいかもね。 上野 私も遊びに行く。 吉池 わわわ私も。 田中 あんたはダメ。 吉池 (人形)イクモモモー。 田中 あんたはいいわよ。 長内 今寝てました、わたし。 上野 またやらかしちゃいましたよ。 長内 え、うそごめんなさい、今日は誰に? 水野 私じゃない。 長内 ああ、すみません。 水野 酒癖、なおした方がいいわよ。 長内 はい、おかしいな、今日は飲んでないはずなんですけど。 田淵 お酒、怖いですよ。お酒で身代食いつぶす人も多いですから。 土屋 やっぱり多いの、そういうヒト、サラ金さんのところにも。 田淵 田淵です。差し出がましいことかもしれませんけど。 長内 いえ、いいんです。本当に、これで何度失敗したことか。 田淵 それだけじゃなくって、本当に産むんですか。 間。 田淵 (田中に)たくさん来ますよ、あなたみたいな人。考えてるほど楽じゃないです。たしかに心臓が人より強いかもしれませんけど、子供のことは考えてます? 田中 考えてるわよ。 田淵 みなさん助けてくださるっておっしゃってますけど、最後はあなたが責任をとるんですよ。 田中 わかってる。 田淵 わかってませんよ、お母さんのためとか、そんなんで子供産んでいいわけないじゃないですか。あなた、なんのためにお金借りたんですか。絵を描くためじゃないんですか。子供ができたら、時間がなくなりますよ。 田中 絵を描くって、それでお金を稼げるのが偉いわけじゃないんだから。子供と二人で絵を描くことだって素敵じゃない。 田淵 みなさんも、本当に田中が心配なら、きちんと言ってあげた方がいいんじゃないですか。本当にあなたが欲しいんですか? お母さんのためにじゃないんですか? それで生まれた子供は幸せなんですか? あなたたちに幸せにできるんですか? 田中 幸せにはするもんじゃないわ。なるもんよ。 田淵 もっと現実的に考えないと。誰も幸せになりませんよ。 間。 田淵 すみません、言い過ぎました。 上野 ううん。 土屋 もっともだよな、田淵さんの言うこと。 田淵 田淵です。あ、すみません、つい。 田中 ごめん、ちょっと気分悪い。 田中、裏へ退場。 このテキストは途中までです。最後まで読みたい方はメールを下さい。 こちらから折り返しメールにてWordの添付ファイルを送らせていただきます。 |
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