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11 November 2004 |
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■Archive / 戯曲集●Scripts of Jikando / 時間堂公演戯曲集「気がついた時にはいつも」 黒澤世莉女性6人 男性3人 50分 時間堂上演時の情報へ。 梨本カンジ 三二歳 男性 梨本家の長男。元ピアニスト。東京在住。 梅田アキコ 三二歳 女性 カンジの幼なじみであり、元妻。無職。 小松タケシ 三二歳 男性 カンジの幼なじみ。東京在住。建設会社勤務。まもなく第一子誕生。 佐竹ショウコ 三二歳 女性 カンジの幼なじみ。交通課警官。 梨本ツグオ 二八歳 男性 カンジ、マサコの弟。東京在住。証券会社勤務。 瓜生マサコ 四一歳 女性 カンジ、ツグオの姉。主婦。 瓜生リツ 一九歳 女性 マサコの一人娘。浪人生。 椎名ケイコ 二八歳 女性 カンジの恋人。東京在住。水商売。 榊原カオル 二一歳 女性 カンジの下宿の娘。東京在住。大学生。猫恐怖症。 時代 二〇世紀から二十一世紀にかけてのいつか。 時間 三月。一六時。 場所 日本。中国地方の山村。旧家の蔵、昔は子供の遊び場として使われていたが、いまは物置になっている。母屋では梨本カンジの葬式が行われている。 そこは古く天井の高い蔵。改装された様子で、階段が天井裏へとつづいている。天井からは太いロープがぶらさがっている。雑然と段ボール、自転車、パチンコ、そしてピアノがある。どれもこれも古びている。外からは鳥の鳴き声と風のなぐ音、それに猫の声と彼らの足音が聞こえる。 リツ入場。こっそりと忍び込んでくる。ゆっくりとあたりを見回して、安全を確認し、後ろの人間に合図を送る。タケシ入場。リツとうなずきあい、蔵の中を調べ始める。しばらくして何者かの気配に気づく。 タケシ おかしい、まさか、 アキコ、ツグオ、入場。 アキコ 気づくのが遅かったわね。 ツグオ 双頭の鷲、小松タケシと瓜生リツ。噂ほどではないようだな。 タケシ そう思うかい? リツ はははは。中国の特別公安委員会の至宝ってのも、名前負けみたいね。 タケシ どちらが誘われたのかを、君たちの身体に教えてやろう。 リツ 私たち、二対二で負けたことは一度もないの。 アキコ これが初めての敗北ね。悲しむことはないわ、敗北は成長に必要な糧よ。 ツグオ 生き残れば、な。 リツとタケシ、銃を抜き打ちまくる。アキコとツグオはそれをすべて体術でよける。感心するリツとタケシ。 タケシ 雑伎団出身かい? アキコ 飛び道具に頼っているから、日本人はダメなのよ。 ツグオ 宣言しておく。俺は左手以外は使わない。必要がないからだ。一分耐えたらクンフーマスターをやろう。 ツグオ、タケシに躍りかかる、とそのときショウコ入場。ツグオとアキコを背後から撃つ。 ツグオ ぐっ、 ショウコ バカね、二人だけだと思ったの? アキコ ちょっと待ってよ。 ツグオ 早いですよ、出番。 リツ もっと後だよ、ショウコちゃんの出番。 ショウコ うそ。 タケシ 分からん。覚えてない。 ショウコ ここだよ。 アキコ あとだよ、クンフーマスターもらうでしょ? ショウコ 完結編じゃないかな、それは。 ツグオ 読んでみましょうよ。 タケシ まだ持ってるの、シナリオ。 ツグオ はい、ないです。 タケシ どっち? ツグオ あります、たぶん、探せば。 ショウコ 読みたいね、続き。 リツ あるかなー。 タケシ 来てないの、ここには。 リツ うん。ピアノ弾くときくらいかな、蔵に入るの。 リツ、あちこちと探し回る。猫の鳴き声。 ショウコ ヒッチ。まだ生きてるんだね。 アキコ ヒッチじゃないよ。ヒッチの子供。 ショウコ 声似てるね。 タケシ 分かるの、鳴き声で。 ショウコ だいたい。 ツグオ すごいですね。 ショウコ だいたいよ。ヒッチは? アキコ まだ生きてる。 タケシ すげえ、まだ生きてるんだ。 ツグオ もうよぼよぼですけど。 ショウコ 名前は、子供の。 タケシ まだ決めてない。 アキコ ヒッチの(でしょ)? ショウコ うん。 タケシ ああ。 ショウコ タケシくん、子供できたの? タケシ うん。来月生まれる。だから嫁さん、つれてきてないんだ。 ツグオ おめでとうございます。 ショウコ おめでとう。 アキコ お父さんはどなた? タケシ オレだよ。 アキコ お父さんだ、タケシくん。 タケシ 実感ないけどね。 ショウコ 水くさい、教えてくれても。 タケシ こんなときに、なかなか。 アキコ ショウコも負けてられないわね。 ショウコ いいわよ、私は。ツグオくんは? ツグオ ちょっと、そういう話は。 アキコ 恰好良いのにね、彼と違って。 ツグオ 兄貴の方がもてましたよ。 ショウコ 昔はね、カンジ。やせてたし、ピアノも(上手だったし)。 アキコ ショウコだって。 ショウコ ありがとう。 アキコ やめることなかったのに。プロになっていたかもよ、ショウコも。 タケシ アキコさんこそないの。そういう話。 アキコ そういう話って? ショウコ とぼけてる。 アキコ 私は才能無かったもの。 タケシ 授かりものだもんな。 アキコ そうよ。ショウコや彼と比べたら、ぜんぜん。 ツグオ アキコさん、何の話してます? アキコ ピアノ、ネコ踏んじゃったくらいしか弾けないし、 ショウコ 結婚よ、タケシくんが聞いてるのは。 アキコ ああ。ショウコだって分かってるでしょ、ここで何かあったら、村中の人が知っているわ。 タケシ だって、オレは。(ショウコに)知らない? アキコ 実はお付き合いしている人がいるの。紹介するわ、ショウコさん。 ショウコ 隠していてごめんなさい。 タケシ (無視して)もったいないよ、まだ若いんだし、ねえ。 ショウコ 立場無いわね、(アキコに)再婚されたら。 ツグオ ショウコさん、全部断っていますよね、見合い。 ショウコ 誰が言うの、そういうこと。 ツグオ 姉貴が。 アキコ ほら、せまいせまい。リツちゃん、見つかった? リツ ないです。上見てみます。 アキコ よし、出撃。 ツグオ アキコさん。もういいよ、危ないから、上は。 リツ へいきー。 とリツ階段をのぼる。怒っている猫の鳴き声と、走っていく音。 リツ ゴダール、やめて、子供は盗らないよ。 ツグオ 降りてきな、また落ちるぞ。 タケシ もういいじゃない。 アキコ 見つけ出すまで帰還は許さないぞ。 リツ 了解であります。(二階へ退場) アキコ 甘やかすのは良くないわ。 ツグオ 姉貴がうるさいですよ。 アキコ ばれなきゃいいのよ。 ショウコ 孫もいるんだ、ヒッチ。 アキコ 見る? ショウコ 見たい。 アキコ たぶん、今、外だよ。びっくりするよー。 ショウコ そっくりで? アキコ 横綱級で。 ショウコ そんなに太ったんだ。 アキコ うん、ぶくぶくぶーくぶーく。 ショウコ、アキコ、退場。 タケシ 変わんねえな。 ツグオ 何がです。 タケシ なんにもだよ。オレがガキの頃からなんにも変わってねえや。 ツグオ 田舎ですから。 タケシ ツグオくん、どれくらいぶりなの。 ツグオ 帰るのが、ですか。二年くらいかな、母の葬式のときですから。 タケシ ごめんな、行けなくて。 ツグオ 別に。 タケシ お父さんは。 ツグオ 具合ですか。時間の問題でしょうね。 タケシ 冷静だね。 ツグオ 無いですから、そういうの。 タケシ そういうのって、どういうの。そうか、決まったか、跡取り。 ツグオ 都合が良いでしょ。 タケシ そりゃ、お互い様じゃない。良かったよ、カンジには悪いけど。でも、本当に良いの? ツグオ 何がですか。 タケシ 信じられないんだよね。 ツグオ なんですか今更。 タケシ ツグオくんがじゃなくってさ、ほら、ここ出てから、あんま上手くいかなかったからさ、いろいろと。こんなにトントン拍子に事が運んじゃうと、不安になるんだよね。 ツグオ オレだって不安です。 タケシ いざ帰って来るとさ、オレ、自分で思ってたより、好きなんだよね、この村。なんかさあ、やっぱ、この蔵とかもそうなんだけど、すげえ切ないんだよね、ネコとかピアノとかさ。 ツグオ 全然分かりません。 タケシ そんな顔するなよ、大丈夫だよ、いきなり無かったことになんかならないし。ツグオくんも、ここまできて裏切るのナシだよ。 ツグオ 分かってますよ。 タケシ ホント、ツグオくんがいて助かったよ。 ツグオ 帰ってきますよ、あの二人。 ショウコ、アキコ、入場。ショウコはピアノの前の席に腰掛ける。 アキコ ツグオくん、(ヒッチを)見なかった? ツグオ 探してますよ。 アキコ シナリオ放っておいて? ツグオ いや、それをです。 ショウコ ヒッチよ、ヒッチ。 ツグオ ああ、ネコですか。いませんか、裏に。 ショウコ いないのよそれが。 アキコ (ひなたぼっこの)時間だもの。いつもはあそこにいるんだけどな。昨日も遊んであげたのに。 ツグオ あれは、だから、逃げますよ。 ショウコ 何かしたの。 アキコ リアルネコ踏んじゃった。こう、リズムにあわせて。 タケシ 踏むの? アキコ 本当には踏まないわよ、せいぜい二、三回。 ショウコ 踏むんじゃない。 アキコ だってよけないんだもの。 マサコ、入場。 マサコ リツ、います? タケシ いますよ、上に。 アキコ タケシちゃん、 マサコ リツ、駄目だって言ってるでしょ、二階に上がっちゃ。降りてきなさい。 リツ はーい。(階段を下りる) マサコ 蓬田のおじさんお帰りだから、挨拶してらっしゃい。 リツ あのおじさんうちより畑持ってるくせに、ケチだよね。 マサコ 早く。 リツ はーい。 リツ退場。 マサコ まったくあの子は。 アキコ わたしも(ご挨拶に伺います)、 マサコ アキコさんはいいわよ。なにをしていたの、こんなところで。演奏会? 私も呼んでくれなくちゃ、ショウコちゃん。 ショウコ (ピアノから離れて)違います。 マサコ 恥ずかしがることないじゃない。カンジの供養はこれが一番よ。何を弾いていたの? ツグオ 双頭の鷲飛翔編、術式対クンフーマエストロ。 マサコ 聞いたことあるわ、モダンよね? タケシ ごっこ遊びしてたんスよ、カンジくんがつくった。 マサコ ああ。(ツグオに)いい年してあんた、何やってんの。 タケシ すみません、オレたちも。 ショウコ やってました。 アキコ はい。 マサコ あら、まあ、 ショウコ お恥ずかしい。 マサコ 仲が良くてなによりね。ツグオ、あんた喪主なんだから、ちゃんとしなさい。 ツグオ やったよ。 マサコ やってないじゃない。こんな所で油売って。 ツグオ やるべきことはやった。 マサコ 子供じゃないのよ、ツグオ。 タケシ やっぱオレら親戚じゃないし、いづらいッスよ。 マサコ タケシちゃんたちはいいのよ。 タケシ リツちゃん、大きくなりましたね。お母さんそっくりだ。 マサコ 何年ぶり、タケシちゃん。 ショウコ かれこれ一〇年くらい帰ってきてないでしょ。 タケシ 大げさな。 アキコ 小松のおばちゃん泣いているわよ、家の鉄砲玉はもう二〇年も帰ってこないって。 タケシ まだ小学生だろ、そのころ。 マサコ たまには帰ってあげなさいよ。 ショウコ 子供も産まれるんだし。 マサコ あら、おめでとう。いつご結婚されたの? タケシ 籍は半年前に、式は、まだ。 マサコ いやだ、小松さん何も言ってくださらなかったわ。 タケシ いや、まだ。 ショウコ まだ? タケシ ちょっと機会が無くって、アレ。 アキコ 言ってないの、ご両親に。 タケシ まあ。 マサコ 駄目よ、それじゃあ。そういうことはちゃんとしなくちゃ。 カオル、入場。駆け込んできて、何かにおびえた様子。 カオル すみません。 マサコ こんにちは。何か、 タケシ カオルちゃん? カオル 小松さん。 タケシ どうしちゃったの、ちょっと。 カオル 襲われました、そこで。 ショウコ 落ち着いて、もう大丈夫だから。怪我はない? カオル はい。大丈夫です、 ツグオ ちょっと見てくるわ。 タケシ オレも行くよ。 ツグオ タケシさんはここにいてください、男手がいたほうが。 タケシ 分かった。 ツグオ、退場。 マサコ アキコさん、お水でも。 アキコ そうですね。 カオル いきなりすり寄ってきて、襲いかかってきて。こんな大きなネコが(とバスケットボール大の大きさを手で作り)、 ショウコ ネコ。不審者とかは? カオル 不審者? ショウコ ネコ、なの。 カオル ネコ、です。 タケシ (外に向かって)ツグオくーん、おーい、帰ってきなよ。 カオル 死ぬかと思いました。 マサコ 大変だったわね。 カオル もう大丈夫です、すみません。 タケシ この子はカンジくんの下宿先の娘さん。 マサコ それはそれは、カンジの姉の瓜生マサコと申します。愚弟がお世話になりました。 カオル はじめまして、榊原カオルです。このたびは残念なことで。父母がお悔やみに伺えなくて、申し訳ないです。 マサコ いいのよそんな、娘さんにわざわざ来ていただくなんて、カンジも喜びます。 タケシ この人が同級生だった佐竹ショウコさんと、 アキコ 梅田アキコです、ひさしぶり、カオルちゃん。 タケシ あれ、知ってる? アキコ 覚えてるかな。 カオル もちろん。ご無沙汰してます。 タケシ なんだ。 カオル (タケシに)で、どちらさまですか? タケシ オレが見知らぬ人か。 カオル 冗談です。 マサコ もうお焼香は? カオル いえ、ちょっと、それどころではなくて。 マサコ じゃあ、 アキコ 姉さん、私が(案内しますよ)。 カオル カンジさんからよく話聞いています、アキコさんの。 アキコ どんな? カオル どんなって。 アキコ ついでに、麦茶でももってきますね。カオルちゃんついてきて。 カオル ありがとうございます。 アキコ あ、足下、ネコ。 カオル え。 アキコ うそ。 カオル アキコさん。 アキコ、カオル、退場。 ショウコ じゃれたのね。 タケシ じゃれたんだな。 マサコ 面白い娘さんね。 タケシ 普段はしっかりしてますよ。大学で勉強しながら家の手伝いもやっていて。 マサコ 爪のアカでも煎じて飲ませたいわ、リツに。 タケシ リツちゃんだって溌剌として愛らしいじゃないスか。 マサコ あの子は駄目よ、がさつでわがままで。 ツグオ、入場。 タケシ お疲れ、平気みたいよ、 ツグオ 聞きました。 マサコ タケシくんがしてくれたの、(カンジのお葬式の)連絡。 タケシ ええ、東京のカンジくんの知人にも一応と思って、大学とかオーケストラとか、オレの分かる範囲なんで申し訳ないんですけど。 マサコ ごめんなさいねえ、ツグオが役に立たないばっかりに。 ツグオ しょうがないだろう、(兄貴も)オレに連絡してこないんだから。 ショウコ、ピアノに歩み寄り、鍵盤をそれとなくなぞる。途切れ途切れに響くピアノの音。 マサコ 人様の手を煩わせるなんて。 タケシ オレはたまたまカンジに用事があって、それだけなんで。 マサコ 同じ街に住んでるっていうのに。 タケシ 東京って言っても、広いですから。 マサコ ありがとうねえ、ツグオはいつまでたってもつっぱっていて。 タケシ 頼りになりますよ、ツグオくん。 ショウコ アキコ、どうするのかな、これから。 マサコ あら、あなたもよ、ショウコちゃん。 ショウコ 私はやることがあるけど、アキコはなにもしてないし、ご両親だって(亡くなってるし)。 タケシ 出た方が良いんじゃないか、村。 ショウコ それは困る、(貴重な独身仲間がいなくなると。) タケシ 梨本の長男の嫁さんだって、みんな知ってりゃやりづらいだろうし。 マサコ 人聞き悪いこと言わないでちょうだい。 タケシ 梨本の家がどうこうってわけじゃないですよ。でも、そういうの無い所のほうがやりやすいじゃないスか、東京だって知らないわけじゃないし。 ショウコ そうかもね。理由がないものね。 ツグオ 何です? ショウコ ううん、こっちの話。 マサコ 私もね、しょっちゅう勧めているのよ、お見合い。アキコさんにだってショウコちゃんにだって。 ショウコ 私はいいですよ。 マサコ あなただけよ独身なんて、みんな子供もいるじゃない。今からでも遅くないから。 ショウコ 今は仕事が面白くて。 マサコ だって、警察なんて損よ、誰からも好かれないし。私はそんなこと思わないわよ、でもねえ。 ショウコ 今回みたいなこともありますから。自分みたいな女でも、できることがありますから。 マサコ 寂しいわよ、子供がいないと、年を取ってから。 ツグオ 姉ちゃん。 マサコ 分かってるわよ。気が変わったらいつでも言ってね。 ショウコ ありがとうございます。 マサコ お父さんが元気なうちにお孫さん見せないと。 ツグオ 姉ちゃん。 マサコ 分かってます。 ツグオ 姉ちゃん、オレさ。いや、あとで言うわ。 タケシ ホントにカンジかな。 ショウコ うん、たぶん。他に思いつかないよ。アキコが出るなら私も出ようかな。 タケシ 何の話? ショウコ え? タケシ オレ、本当にカンジかなって。 ショウコ だから、そうなんじゃないのって。 ショウコ、ピアノを弾きはじめる。リツ、入場。 ショウコ (弾き終えて)駄目ね。 リツ 酒臭いしさわってくるし、最低なんだけど、あのおやじども。 マサコ 声が大きいわよ。 リツ 聞こえないし、聞こえてたっていいし。もう本当にヤだ、この村。 マサコ リツ。 リツ ショウコさん、一緒に東京出ましょうよ。 ショウコ なぜ私。 リツ 独身だし、生活力ありそうじゃないですか。養ってください。 ショウコ じゃあ、結婚しようか。 リツ ヤだ、嬉しい。 タケシ 不毛だ。 マサコ まず大学に受からなきゃ。 リツ 今年は受かるよ。ツグオさん、引っ越しておいてね、二人で行くから、プール付きナイスハウス、よろしく。 マサコ やめなさい。 リツ おじさんたちもタケシさんも東京行ってるじゃない。なんで私だけ、 マサコ あんたは女じゃないの。 リツ 化石よ、お母さんの脳みそは。石油化してるわよ。(ショウコに)あなた、なぐさめて。 ショウコ よしよし。 ツグオ 来てもいいけど、オレはいないかもしれない。 リツ 帰ってきちゃうの? ショウコ 帰ってくるの。 マサコ そりゃだって、跡継ぎだもの、ツグオが。昨日の晩ね、親族で会議したの。 ショウコ 決めたんだ。 ツグオ うん、まあ。 マサコ ツグオには悪いけどね、東京の仕事も順調だって話だし。お嫁に行ってなければねえ、私が男で。 タケシ 男だったら、男らしかったでしょうね。 マサコ ありがとう。本当にカンジは仕様がないよ、家族に迷惑ばっかりかけて、勝手に出て行って、勝手に、さ。親不孝だよ、親より先になんて。 ショウコ それは。 マサコ 分かってるのよ。どうせお父さんももう分からなくなっちゃってるし、いいのよ、もう済んだことなんだから。分かっていても愚痴の一つも言いたくなるじゃないの。でも、(ツグオに)あんた聞き分け良かったじゃない。昔からカンジより素直だったものね。それで、あんた、結婚するって、お相手は誰なのよ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? リツ え、ツグオさん彼女いたの? ツグオ うん、まあ、 リツ 知ってる人? 私の。写真見せて。 タケシ なんだよ、そんなこと言ってなかったじゃない。 ショウコ どんな人なの。 カオル 縛られたまま飛び出して行っちゃったんです。 アキコ 信じられない。 アキコ、カオル、入場。アキコはお茶のお盆を持って、カオルは海苔巻きのお盆を持って。 カオル ロープが絡まっちゃって大変だったんですよ。 リツ 聞いて聞いて、あ。 アキコ エガエガ巻も持って来ちゃいました。 カオル 大好きなんです、カンジさんがつくってくれました。 タケシ 久しぶりだな、これ。 アキコ マサコさんエガエガ巻の名人なのよ。 カオル じゃあ心していただきます。 リツ カオルちゃん? カンジおじさんの下宿の。 カオル リツちゃん? あれ、久しぶり。 リツ お母さん、カオルちゃん、ほら、私が家出したとき友達になった、 マサコ 分かっています。 カオル かれこれ三〇万年ぶり? リツ 白亜紀だったもんねー、あのとき。 カオル リツちゃん、お母さんにそっくりね。 リツ 怒ったらいいのかな。 マサコ その節はとんだご迷惑をおかけしました。 カオル 子供心に尊敬しました。年下なのに二〇時間も一人で電車に乗って家出なんて。 リツ やっぱり。もっとほめて。 カオル 日本横断だもの、スケール大きいわよね、バカ丸出し。 リツ ネコ投げるぞ。 タケシ そんなことあったんだ。 ショウコ あのとき大騒ぎだったんだから。 リツ 人生の中でもっとも濃い三日間だったね。 マサコ 偉そうに威張るんじゃないの。カンジもリツも、うちの人間は人様にどれだけ迷惑かければ気が済むのかね。 タケシ そのぶんツグオくんは優秀じゃないですか。 ツグオ あんまり比較されても。 タケシ 気にさわった? そうアキコさん聞いてよ、 リツ そうそう、ツグオさん結婚するんだって。 アキコ あら、そうなの。こんなときになんだけど、おめでとう。 カオル おめでとうございます。はじめまして、榊原カオルです。 ツグオ 梨本ツグオです、いろいろご迷惑おかけして。 カオル こちらこそごめんなさい、先ほど。 ツグオ ああ、ネコ、気持ち、分かりますよ。 カオル ですよね、怖いですよね。 ツグオ はい、いや、そうですか。 ケイコ、ハンカチで口を押さえながら入場。タケシの表情が曇る。 ケイコ あの。梨本カンジさんの式場は、こちらで。 カオル ケイコさん。 ケイコ カオルちゃん、来てたんだ。 カオル はい、小松さんに聞いて。 ケイコ (タケシを一瞥して)あんたもいるの。(カオルに)遠いよね、ここ、びっくりしちゃった。お父さんは? カオル ちょっと忙しいみたいで。(ケイコと)一緒に来たら良かったですね。 タケシ この方、椎名ケイコさんって言って、カンジくんの東京での、まあ、なんですよ、なんでしょう? ケイコ 恋人です。 タケシ そう、それ。 ケイコ よろしく。 猫の鳴き声。 タケシ 香典渡しましたか。 ケイコ まだですけど、 タケシ オレが案内しますよ、ほら、出てください、ね? カオル 私も。 ケイコ さわらないでください。ネコ(いっぱいいたけど)大丈夫だった? カオル 限界です。 タケシ あとでちゃんと紹介しますんで。ちょっと。 ケイコ、タケシ、カオル、退場。 リツ おじさんやるなあ。 マサコ そんな話、聞いてないわよ。 ツグオ いちいち言わないよ。 マサコ あんたたちは、すぐ私を抜け者にするのね。 ツグオ してないよ。 リツ きれいな人だね。アキコさんの方がもっときれいだけど。 ショウコ あれ、私は。 リツ ショウコさんも。私お母さんに似ちゃったからなあ。 マサコ 丈夫に産んでやったじゃないの。 リツ ひ弱な美女に生まれたかった。 マサコ あの人、何しに来たのかしら。 アキコ お悔やみですよ。お線香の一つもあげたいでしょう。 マサコ それならいいんだけど。 アキコ 考えすぎですよ、姉さん。 ツグオ アキコさん、姉さん、さっきの続きなんですけど。 アキコ さっきのって? ショウコ お醤油は? アキコ ああごめん、忘れてたわ。 ショウコ 何やってるのよ。リツちゃん、取ってこようか。 リツ ううん、私行くよ、ショウコさん待ってて。 ショウコ 私、タバコも吸いたいから、一緒に行こうよ。 リツ タバコ止めようよ、赤ちゃん産むのに悪いよ。 ショウコ 予定無いもの。 リツ 私の子供を産んで。 ショウコ、リツ、退場。 マサコ ショウコちゃんは、本当、気が利くわね。 アキコ すみません、不調法で。 マサコ そうじゃないわよ。それで、例の話かしら。 ツグオ うん。オレ、アキコさんと結婚するから。 カタカタと猫が走る音。 マサコ 姉さん、良く分からないわ。 ツグオ このひとと結婚する。 マサコ いつからそういう仲なの。 ツグオ そんなんじゃないよ。アキコさんとは何もないし、何も言っていない。オレが勝手に惚れているだけです。 マサコ そんな、だって、あんた。 ツグオ オレもこんなきっかけで話すのは、卑怯だと思う。でもこんなことでもないと。 マサコ 察しなさいよ、ツグオ。子供じゃないんだから。 ツグオ うるさい。 マサコ 口の利き方がなってないね。 ツグオ 遺伝だよ。アキコさん、オレは苦労かけません。姉貴や親戚も黙らせますから。 マサコ 世継ぎはどうするんだい。 猫の鳴き声。 ツグオ アキコさん、 ケイコ ストップ。ストーップ。 タケシ (ケイコに)待ってください。 ケイコ、タケシ、カオル入場。 カオル ケイコさん、 ケイコ もうちょっと考えた方が良かない? 旦那がピアノ弾けなくなってすぐ捨てたようなひとですよ。 タケシ ちょっと、 ケイコ さわらないでもらえます。(タバコに火をつける) ツグオ すみません、少し外していただけませんか。 ケイコ 親切で言ってるんですけど。あの人がこの女に捨てられて、どれほど泣いたか知ってます? 哀れだったなあ、ピアノは弾けなくなるし、奥さんには逃げられるし、金は無いし。おかげでアタシのものになったんですけどね。感謝しないとね、ははは。 アキコ、ピアノに向かい、弾くでもなく鍵盤をもてあそぶ。淡々と響く短音。 ケイコ 同じ目にあっちゃいますよ。 カオル ケイコさん、 ツグオ そんなひとじゃない。 ケイコ どっちでもいいんですけど。いまだに別れた旦那のうちに食わせてもらってるんですよね。 ツグオ うちの事情はあなたに関係ないでしょう。 タケシ おさえておさえて、 ケイコ さわらないでください。 ツグオ 知らないのに、何も、あなたは。 カオル やめようケイコさん、気持ちは分かるけど、 ケイコ 悪いんだけどカオルちゃんには分かんないんだな、これが。 カオル ケンカ売りに来たわけじゃないでしょう? ケイコ だいたい、あの人が死んだってのも眉唾じゃないですか。死体があるかと思ったら、あれカラですよね。棺桶。 マサコ それは。 ケイコ 誰も見てないんじゃないですか?(死体。) ツグオ ショウコさんが見ています。 ケイコ どなた、ショウコさんて。 ツグオ 今はずしています。 タケシ あらためて、椎名ケイコさん。 ケイコ 椎名ケイコです。 タケシ で、この人が弟の梨本ツグオさん、あちらがお姉さんの瓜生マサコさんで、あとオレと同じカンジの同級生の、梅田アキコさん。 ケイコ 前の奥さんでしょ。 タケシ でも同級生だし。 ケイコ ほんとイヤらしいわね、あなた。 タケシ 男はみんなイヤらしいです。 カオル いい人なんです、よく遊んでもらっていて、いっしょに食べたことあるんです、エガエガ巻、私の誕生日だっけ、ケイコさんも好きなんですよ、これ。 ケイコ あの人なんでも上手だったからね。(アキコに)ねえ? マサコ 姉の瓜生マサコです。生前はいろいろとご迷惑おかけしたようで。 ケイコ そんなこと無いですよ。 マサコ 遠路はるばるご足労かけさせまして、申し訳ありません。 ケイコ 謝られても。好きで来てますから。 マサコ お付き合いされていたそうで。 ケイコ そうですね、もっぱら身体だけの。 マサコ またご冗談を。 ケイコ 冗談じゃないですよ。カンジって床上手なんです、ねえアキコさん。アキコさん。 マサコ こちらではあまり話さないんですよ、そういったことは、都会ではどうだか存じませんが。 カオル (ケイコに)見てるこっちがおなか痛くなるから。 ケイコ ごめんなさい。(タバコに火をつける) 猫が鳴き、走る。 カオル 大学のレポートとか、手伝ってくれるんです、カンジさんとケイコさん。二人ともすごく賢くて、親切で、仲良くて、 タケシ 仲良いんだよ。 カオル あとよく食べるんです。 タケシ 食べるんだよ。 カオル よくばんごはん一緒に食べました、父と母と、ケイコさんと。楽しかった。 ツグオ それにしたって無礼が過ぎます。 ケイコ 悪かったわよ。 ツグオ それが人に謝る態度ですか。 ケイコ 弟さんでしたっけ。 ツグオ 梨本ツグオです。 ケイコ 弟さんね、もうちょっと落ち着いた方が点数高いですよ。 マサコ 一本取られたわね。 ツグオ (ケイコに)あなた、 マサコ 一家の大黒柱がいちいち浮き足立っているんじゃないよ。 タケシ ケイコさんは接客業をされてるんですよ。 ケイコ 平たく言えば水商売ですね。でもヌイたりするやつじゃないですよ。もっと健全な方です。 タケシ そう健全なんですよ。 マサコ カンジとはどこで? ケイコ もっぱら家で。 タケシ どこで会ったかって聞いてるんだよ。 ケイコ だから、ああ、始めて会った? そりゃ、お店ですよ。 アキコ (ピアノをいじりやめて)うそ。彼、(そういうところ)嫌いでした。 ケイコ 嫌いな男なんていないわよ、ねえ。 タケシ いや、どうだろうか。いないの? ケイコ この人(タケシ)なんて週に三日は来てるわよ、うちの店。 マサコ タケシちゃん。 カオル 結婚したのに。 タケシ なんでオレが責められるかな。 アキコ 彼は行きません。 ケイコ 自分の方があの人を知っていますって? ショウコ、リツ、入場。醤油をもってくる。 リツ ホントなんとかしてよ、あのおっさんたち。 ショウコ ささ、お待たせ。食べましょう。 リツ ギャル二人行くと囲まれちゃって。 カオル ギャル、助けて。 リツ 何々、ネコ? カオル ネコネコ、ネコっていうかネコよりネコっぽい。 タケシ ショウコちゃんリツちゃん、こちら、カンジの東京の、 ケイコ お付き合いしていた椎名ケイコです。よろしく。 タケシ この子は姪のリツちゃんで、 リツ こんにちは。 ケイコ そっくりね、おじさんに。 リツ 怒っていいですか。 ケイコ 愛嬌があって良いわよ。 リツ 美人だから(そういうこと言えるんです)。爪のアカください。 ショウコ 私は、 タケシ ほら、さっき話してた、県警の佐竹ショウコさん。 ショウコ 佐竹です、はじめまして。 ケイコ どうも。ご覧になったそうですね。あの人の(死体)。 ショウコ はい。 ケイコ あの人でしたか。 ショウコ 体型、血液型は一致していました。 ケイコ あの人だったかって(聞いているんです)。 ショウコ 見た目は、もう、黒こげで。 リツ (エガエガ巻きを食べようとして)イヤ。 ケイコ 黒こげの人を見ただけでしょう? 全然分からない。なんで勝手に殺すんですか。おかしいじゃないですか。黒こげの死体で血液型が同じだからあの人だなんて、そんな乱暴な捜査はないでしょう。ねえそれともこんなド田舎じゃ科学的な捜査なんてできないわけ? ショウコ ケイコさん、落ち着いて。(ケイコ、タバコに火をつける)いいですか。カンジのスバルはこの辺の人だって乗ってない古い車です。県内の登録数は全部で二台、その二台はこちらで現存を確認できてるの。あの日に県北に出入りしていた人の流れをみても、まず間違いありません。 ケイコ 断定できないでしょう。 ショウコ 否定もできません。 ケイコ 事故、事件? ショウコ 捜査中です。 ケイコ 冷たいのね。 ショウコ そう努めていないと、やっていられません。 カオル そうですよね。 マサコ 同情するわ。私にはできないもの。 ケイコ アタシだけですか、納得できないのは。 アキコ 家族が一番つらいに決まっています。 ケイコ 感心しちゃう、良くそういうこと言えますね、今まで放っておいて。 タケシ いろいろあるんだって。 リツ なんか、分かってきた。 カオル でしょ。 ケイコ (タケシに)あんたがやったんじゃないの? タケシ なに? ケイコ この人たちに言ってないでしょ、あんたの仕事のこと。 タケシ 知ってるよみんな、ゼネコンですよね、すごく零細ですけど。 ケイコ あんたが今なにをやっているのか知ってるのかって聞いているの。この人、この村全部ダムに沈める仕事してるのよ。 ショウコ 冗談でしょう。 ケイコ あの人が邪魔だったから、(殺したんじゃないの。) カオル 小松さんそんな人じゃないよ。ケイコさんも、こんな人じゃない。 ショウコ そんな度胸、タケシくんには無いですよ。 カオル ケイコさん、ケンカしたんでしょう、前の日。夜中まですごかったから、あの、この人たちよくケンカしてたんですよ。 ケイコ 私が絡んでいるのよ、一方的に。 カオル ああ、またやってるなあって思って。でもあの日はちょっといつもより派手で、それで、次の朝、カンジさんお父さんの具合見に帰るって言っていて。そうしたら、こんなことになっちゃったから、 ケイコ カオルちゃん、勘弁してよ。 カオル ごめんなさい。 マサコ (タケシに)ダムって? タケシ かめばかむほど味が出るんです。笑うところですよ、それはガム。 マサコ ウソよね。 タケシ オレ、クビになるんですよ。クビになると、嫁さんも子供も養えないじゃないですか。最後なんですよ、もう。次にヘタうったら。 ショウコ 本当なの。 タケシ もう六〇過ぎてんのよ、家のジジイとババアはさ。売れない野菜つくって売れない雑貨屋守ってもさ、もうどうしようもないじゃない。マサコさんだって。梨本の家が火の車だって、みんな口に出さないだけで知ってますよ。瓜生さんとこだって、似たり寄ったりじゃないですか。リツちゃんも大学に行くんでしょ、農協お金出してくれるんスか? オレイヤなんですよ、このままみんな、貧乏でどうにもならなくなっていくの。バカだからどうしたら良いか分からないけど。 マサコ よけいなお世話よ。 タケシ マサコさん得意じゃないですか、よけいなお世話。みんな言ってますよ、 ショウコ タケシ。 タケシ 関係ないですよね、ホントごめんなさい。でも、ホント、これ上手くいけば、みんなお金には困らなくなりますよ、しばらく。 ケイコ あんたは出世するしね。 タケシ するよ、するけどさ、偶然なんだよ(カンジが死んだのは)。オレはあいつにさ、お金持って欲しかったんだよね。これホントよ。 ケイコ 悪かったわよ、変なこと言って。 タケシ リツちゃんも東京行きたいもんな。 リツ うん、行きたいけど。 タケシ 心配するな、全部上手くいくから。 リツ うん。 マサコ 手、小さいのよ、私。このピアノ、お父さんが買ってくれたの、私のために。昔はさ、そりゃあ山ばっかりで野菜だってろくに取れないようなところだけれど、それなりに、みんな楽しく暮らしてたわ。六歳の誕生日にね、いい物見せてやるぞって、このピアノがあって。嬉しかったなあ。嬉しくて毎日弾いてた。でもね、小さいのよ、手が。一オクターブも届かないの、見て。笑っちゃうでしょう。でも好きでね、毎日毎日、ヒマさえあればね、手伝いのすきまを縫ってここまで来たものよ。でも、中学校に入る頃には見るのもイヤになった。なんでか分かる? カンジのせいよ。あの子まだ四つなのに、中学生の私より上手に弾くのよ。手なんか私より小さいのに。 リツ 母さん。 マサコ 手が大きいとか小さいとかじゃないんだって分かったんだけどね、仕様がないじゃない、私の手は小さいんだもの。そんなにそんなに、たくさんは抱えきれないわよ。私だって、 リツ 母さん、もういいよ。 マサコ ダムなんか絶対に造らせないからね。ツグオ、あんたも(言ってやりなさい)。 タケシ そこを堪えて、譲ってくださいよ。絶対悪いようにはしませんから。オレを信じてください。今までの苦労がウソみたいになりますよ。 マサコ 土地は譲りませんよ。 タケシ 残念だな、マサコさんにも、笑ってお金もらってほしかった。申し訳ないんですけど、もう手遅れですよ。ツグオくんが跡を継いじゃったんだから。 マサコ ツグオ。あんた。 ツグオ 蓮田さんもヨシロウおじさんも、これ以上は頼れないだろ。どうやって借金返すつもりだよ。 マサコ みんなでがんばるのよ。 ツグオ 何をだよ、何をがんばるんだよ。今まで見栄張ってきたツケだよ。親父もお袋も姉貴も兄貴も、見栄っ張りなんだよ。家に金がないの分かってるのに、頼まれればいくらでも融通してやって。 マサコ そうよ、それを返してもらえば、 ツグオ 無茶言うなよ。うちが苦しいんだ、みんなうちより苦しいに決まってるじゃないか。 マサコ ショウコちゃん、どうかしら。 ショウコ ごめんなさい。 ツグオ 貸す方が悪いんです。 タケシ 心配しないでも、五年もたてば、あのときはつらかったけど、良かったなって思えますから。オレホントがんばりますから。 ツグオ オレたちだって、好きでこうするわけじゃない。 アキコ ウソ。ツグオくんは沈めたいんでしょ。 ツグオ 違います。 アキコ そんなに彼が嫌い? ツグオ 違います。 アキコ 勝ち誇った顔して。気持ち良いんだ。 ツグオ いけませんか。 マサコ ツグオ? ツグオ アキコさんが。ここでなんて呼ばれてるか知ったときびっくりしたよ。梨本の石女(うまずめ)って、そりゃ、いつの時代だよ。 ショウコ それで(沈めようと思ったの)? ツグオ あんまりじゃないですか。子供が産めないって、そんなに悪いことですか。 ショウコ 噂なんて、いずれ消えてしまうものよ。 ツグオ (ケイコのこと)この人みたいに分からない人がでてきて、アキコさん可哀想ですよ。梨本の都合で離縁させられたのに、たまたま兄貴の怪我と重なっただけで、 アキコ いつ頼んだの。ツグオくんにいつそんなお願いをした。 ツグオ オレの勝手です。 マサコ あんた、そんなことさせないからね。 アキコ 私、怒るよ。 ツグオ いいですよ、怒ってくれても恨んでくれても。 アキコ 彼はどうしたらいいの。帰ってきたらダムの底じゃ、彼が可哀想。ここで待っていてあげないと。 リツ アキコさん? アキコ どうしたの。 リツ カンジおじさん、帰ってこないよ。 アキコ そのうちひょっこり帰ってくるから。そんな顔しないで。いつもそうじゃない、あの人。フラッと出て行ったきり何日も帰ってこないで。ねえ? ケイコ そうね。ネコみたいな人。 アキコ ネコ好きだし。 カオル 私それでヒドイ目に遭いました。カンジさんが音大入ったばっかりのころ、両親が出かけるんで私の面倒を見てもらっていたんです。私そのころ小学生になるかならないかくらいだったんですけど、カンジさんネコ好きだから、親切で近所のネコつれてきてくれて、子供部屋においていったんですね。カンジさんはピアノ弾き始めちゃって、あの人ピアノ弾き始めてしまうと何も見えなくなってしまうじゃないですか。それで、カンジさんが気がついたときには、血まみれになってました。ネコが。 リツ ネコが? カオル 本当に、恐ろしい体験です。 リツ ある意味恐ろしい。 カオル それ以来、ネコが苦手で。 リツ 意味が分からない。 アキコ まさか家のネコも、 カオル とんでもない、見るのもイヤなんですから。 アキコ ヒッチ、どこ行っちゃったんだろう。 カオル ネコは死期を悟るとフラリと消えてしまうって。 リツ またフラッと帰ってくるよ、ヒッチ、おじさん似でさ、小太りだしのろいし、よくいなくなっちゃうじゃない。 アキコ そうよね。待っているわ、もう七年も待ったんだもの。 ケイコ 悪かったわね。 アキコ 反省してるの。 ケイコ 知らなかったから、あなたの身体のこと。 アキコ ああ。そんなこと。慣れたわ、もう。 ケイコ どうして。別れたのよ。 アキコ どうしてって、だって、仕方が無いじゃない、私、梨本に養ってもらわないと、生きていけないもの。 ケイコ バカなんじゃないの。 アキコ あなたには分からないわよ。 ケイコ なんでこんな女に。 ショウコ 私分かるけど。アキコは無防備なんだよ、あなたと違って。しっかり自立して自分を持ってるあなたも素敵だけど、アキコの天真爛漫、まあバカと紙一重だけどね、そういうとこ、素敵。 ケイコ せっかくだけど、意味分からない。 ショウコ けっこう通じないね。察してよ。 ケイコ がんばるよ。 アキコ あなた、私に勝てないわね。 ケイコ どうして。 アキコ だって、彼のことを知らなさすぎるもの。彼の歴史、感じるでしょ、ここ。私は全部なの。これが全部分かっているの。あなたはせいぜい、この数年でしょう。私は二五年も一緒にいたのよ。 ケイコ なによ、それくらい。あなたは無理よね、女じゃないもの。(と下腹部をさする) アキコ あなた、 ケイコ 悔しいでしょう。あなたには無理だもの。 マサコ 本当にカンジの(子なの)? ケイコ 血液鑑定しますか。 マサコ 跡取り、いるじゃない、ここに。 ツグオ もう遅い。 マサコ 遅くないわ、あんたの浅はかな考えなんて、そう上手くいくものですか。 ツグオ こんな女を信じるのか。 ケイコ 良い勘してるじゃない、弟さん。ははは、そうそう上手くいくわけ無いでしょ。いないわよ(子供なんか)。 アキコ 可哀想。 ケイコ 次にそれ言ったらひっぱたくよ。 マサコ 私の代で家が終わるなんて、ご先祖様に申し開きが立たないよ。 リツ 私がさあ、結婚するよ、大学行かないでさ。婿養子もらってさ、跡継がせようよ、それで男の子産むよ。そうしたらいいじゃない、ツグオさんとアキコさんも結婚していいし、東京にいていいし。そうしたらダムなんか造らなくてもいいじゃない、あ、タケシおじさんは、ごめん、クビになっちゃうのかな。 カオル 結婚しよう。 リツ 私、女にばかりモテモテ。 カオル 実はオレ、男なんだ。 リツ ふーん。 カオル ショック。信じるところかな。ここ。 リツ お母さん、お父さんには悪いけど、梨本は私が守るからさ。そうだよ、お母さん、がんばって弟つくってよ。それでいいじゃない。でも住めば都って言うし、みんなで暮らせばどこだって楽しいよ。できれば、もうちょっと都会が良いな。あれ、お母さん、ヤだ、どうしたの。 アキコ 聞かせて、あの人の最近の話。 ケイコ 聞かせてって言ったって、特別なことは何も。ごはんたべて、セックスして、散歩して、そんな毎日。 アキコ じゃあ、なれそめ。 ケイコ お店で口説かれたの。 アキコ うそ。 ケイコ 分かった? アキコ なんとなく。本当は? ケイコ 当ててみなよ。 カオル オーケストラじゃないですか? ケイコ ブー。 カオル ケイコさん、バイオリニストでしょ。 ケイコ なんで、違うわよ、楽器なんて弾いたこともないし、 カオル お化粧派手なのに、手にアクセサリーしてるところ見たことないですもの。それにアゴの下、絆創膏張ってますよ。 ケイコ、首の下に手をやる。 カオル 嘘です。でも、今でも弾いてますよね。 ケイコ いい目してる。 カオル 毎日見てますから、音大生。 ケイコ 寝る前に本とか読む人、いるじゃない。それと同じで、弾かないと、気持ち悪くて。おかしいね。 アキコ バイオリニストだったんだ。 ショウコ そうよね、私のこと、ピアノ弾きだってすぐ。 ケイコ 昔の話よ。 ショウコ そうか。(ピアノに近づき、鍵盤をなぞる)カンジのピアノが好きだったんだ。 ケイコ そうね。 アキコ 同僚? ケイコ 先輩だった、オケの。アタシがまだ音大生だったころコンサート見て、オケ自体は大したこと無かったんだけど、あの人のピアノがね、森みたいなの。森の毛布でくるまれるみたいな感じ。 ショウコ 分かる。 アキコ それで? ケイコ 入団したの、今思えばラッキーだったわね。もちろんあなたたちが結婚していた頃は何も無かったわよ、アタシも必死だったし、あの人カタブツだし。 ショウコ うらやましい。 ケイコ 結局、あきらめたら何もしないのと一緒よ。あの人怪我してオケ辞めたじゃない。同じ頃、アタシも辞めた。 ショウコ なぜ。 ケイコ あなた(がピアノをやめた理由)と同じよ。 ショウコ 見えちゃったんだ、先が。 ケイコ あとはご覧の通り、立派な野良ネコ生活。性にあってるけどね。オケ時代よりずっと良い。まああとは、たまたま二人で会う機会があって、そのときはもう、あなたと別れたあとだったから。 アキコ 幸せだった? ケイコ 何言ってるのか分かりませーん。 ショウコ なんで怪我したのか、知ってる? ケイコ 事故だったって、聞いてるけど。 ショウコ それだけ? アキコは? アキコ 私も事故だって。彼、いくら聞いてもそのことは。 ショウコ 誰も知らないの? マサコさんも? 恰好良いなあ、カンジ、やっぱり。あれ、私が切ったのよ。 ケイコ もう一回言ってくれる? ショウコ 私が切ったの、あの人の手を。 タケシ どうして。 ショウコ 別に。 ケイコ 理由も無くできないわ、そんなこと。 ショウコ それこそ察してよ。 タケシ 警察沙汰じゃないか。 ショウコ だってさ、あいつアキコに夢中なんだもん。あなたも分かるでしょ、悔しいのよね、こんななんにもできない女に(カンジを)取られるの、屈辱。勘違いしないでね、私、(カンジとは)何も無かったのよ。 ケイコ あんたピアノ弾きだよね。 ショウコ おこがましくて(言えないわ)。 ケイコ 彼の才能、分かっててやるんだ。 ショウコ あなたたち、才能にほれてたの? ケイコ 残酷だね。 ショウコ 腹立たしいのはさ、誰にも言わないの。警官なんだから不祥事がばれたら一発でクビ、村にもいられなくなるっていうのに。 アキコ 冗談? ショウコ にしてはできが悪かない? アキコ 出て行って。あなた、ここにいたら、ちょっと、私、どうしちゃうか。 ショウコ そうやっていつも私は蚊帳の外だ。七年が何よ、私は三〇年よ。 カオル ほっとしてましたよ。カンジさん、オケ辞めて、なんか、ほっとしてました。なんていうか、優しいカンジさんに戻ったっていうか。だからなんだよって感じですよね。ごめんなさい。 ショウコ 優しいのね。 タケシ ちくしょう、なんかあいつ、モテモテだな。なぜだ。 ツグオ 全然分からない。 タケシ あいつの何がいいのよ。 ケイコ ナニがいいのよ。 リツ メガネ。 アキコ おなか。 リツ 二の腕、ぷにぷに。 ケイコ けっこうあるのよ、力。 リツ 意外。 アキコ 楽譜を書く手。 ショウコ 小さい手。 カオル 頭をなでてくれる、手。 ショウコ ピアノを弾く手。 アキコ 私を引く手。 ケイコ 私をなぞる指先。 リツ 黒鍵をたたく指先。 カオル 小さい爪。 アキコ 良い男ではなかったけどね。 ケイコ 甲斐性無しだし。 ショウコ 女心の分からないヤツだもんね。 ツグオ 全然分かりません。 タケシ さっぱり。 ショウコ 勉強しないとね。 アキコ (ツグオに)私のどこが好き? ツグオ そんなの、言えません。 アキコ 私が教えてあげる。ツグオくんは私が好きなんじゃないわ。お兄さんが好きな、私が好きなのよ。 ツグオ 違いますよ。 アキコ 違わないの。 ケイコ それならアタシの方を好きになっちゃうじゃない、ねえ。 ツグオ だから違いますって。 ケイコ 可愛いじゃない、弟くん。 タケシ カンジになりたい。 ショウコ 怪我するわよ。 タケシ (オレは)嫁さんだけで良いわ。 リツ 恋愛結婚ですか? タケシ 見合いです。 リツ 恋愛って何ですか。 タケシ 見合いなんで。 ショウコ 勘違いと思いこみでできているのよ、恋は。 カオル 愛は? ケイコ そんなもの無い。 リツ 勉強になります。 ケイコ 手料理とセックスだ、覚えといて。 リツ はい。 カオル 大人だな。 リツ な。 アキコ 鵜呑みにしちゃ駄目よ。 リツ はい、はい? カオル 難しい。 リツ 参考書いるね。 ショウコ 経験よ経験。 マサコ 若い子はいいわね。 リツ お母さんだって、ハッスルしなよ。 マサコ そう? リツ 弟もつくるんだし。 マサコ じゃあ、着ちゃおうか、スパンコールとか。 リツ それはちょっと。 カオル 見てみたいです、ある意味で。 マサコ がんばっちゃおうかな。 リツ やめてよすぐ調子に乗るんだから。 カオル 東京、遊びに来てくださいよ。 マサコ 死ぬ前に一度くらいはね。 カオル うちに泊まればさ、お金もかからないし。 ツグオ 心配しなくても、東京に出ることになるよ。 マサコ やっぱり本気なんだね。 リツ イヤだな。私は東京に行くけど、村が無くなるのは、なんか、寂しい。 タケシ そうだな。もっと早く、気づいていればな。手のうちようなんていくらでもあったんだ。 ケイコ あの人がね、駄目だって言うのよ。めったにイヤって言わないじゃない、あの人。でもあの人がね、いくら頼まれても、うん、梨本の土地を譲るって言わないの。無理しちゃってさ、喉から手が出るほどお金は欲しいだろうに。 ツグオ いつもそうやって、オレが割を食うんですよ。あいつばっかり恰好つけて、面倒なことは全部オレ任せでさ。うちのことも金のことも、全部オレじゃないか、やったのは。兄貴が何したよ。 ケイコ なんにも。あの人なんにもしてないし、みんなもなんにもしてない。おあいこ。 カオル カンジさん、ツグオさんのこと、好きだったみたいですよ。よく話してくれました、 このテキストは途中までです。最後まで読みたい方はメールを下さい。 こちらから折り返しメールにてWordの添付ファイルを送らせていただきます。 |
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