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dialy番外編 インドシナ旅行記(from 5 December 2001 till 21 December 2001)タイ・ベトナム・カンボジア
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初日。5/dec./2001「出発。国王誕生日」

朝起きた時からわくわく。遠足に行く前の子どもと同じだな、私は。

8:30。日暮里駅で20分ほどスカイライナーを待つ。JRの特急で行くより1,000円も 安くてお特。
と思っていたら、スカイライナーではない急行の成田空港行きが目の前から出発 していった。これに乗ればさらに1,000円お特になるわけね。がっかり。いいんだ、 別に。スカイライナーの方がイスもいいし。

10時成田空港着。空港内のキンコーズでネットをやる。
便利な世の中になったものよね。
おかげで、BKKからHCM行きのチケットを買った代理店の住所が分かったよ。もし ネットがなかったら、買ったはいいけどどこで受け取るんだよ、てな話になります からね。
あいかわらずうかつです。IT革命万歳。

悪名高いエアインディアに搭乗。でも何も問題無く、定時に出発、定時に到着。 あっさりBKKに着きました。いや、トラブルを期待しているわけではないのだけれ ども。BKK時間で16:50。時差は日本より2時間遅れ、6時間弱のフライト。
エアインディアは機内食もカレー。さすが。

とりあえず1日しかいないので、5,000円ぶんだけ両替。100円=34バーツくらい。 こんだけあれば十分です。

親切なにーちゃんがいたエアポートバスにのって市内へ。100B。高速道路には 日本企業の看板が一杯あって、なんだかんだといいながら強いジャパンマネーを 感じさせる。町並みは日本の田舎町みたいで、タイ語の看板がなければそんなに 違和感を感じないくらい。
市街に近づくにつれて、ライトアップされた建物が増えてきた。なんでかなーと 思って、思い出した。今日はタイ国王の誕生日なのだ。国民の祝日のはず。そう かー、お祝いかあ。なんだかめでたい気持ちになった。

カオサンの近くで降ろされる。カオサンというのは、世界中のバックパッカー が集まる安宿害のこと。なんだか活気があって騒がしいところだ。とりあえず、 航空券を予約した会社に行く。うろうろと探し回ってやっと見付けたのは良いの だが、閉まっていた。休みなのか? 他の旅行社は開いておるぞ。と、言ってみ てもやっていないものはしかたがないので、散歩がてら宿を捜すことにする。

カオサンの中心部には、たくさんのゲストハウスと呼ばれる安宿があるのだが、 中心街は騒がしいのでパス。町外れに向かって歩いて宿を捜すが、なかなかいい 感じのところが見つからない。て、いうか、いくつか入ったゲストハウスは皆 満杯だった。こりゃ参った。とはいえ全部満杯ってことはないだろうから、根気 良くてくてく歩いていった。
そのうちやや迷子になる。ここはどこなんだ、と思ったところで、ちょっとこぢ んまりとした静かなゲストハウスがあった。シングル150B。ベッドとテーブル、 イスがあるだけ。もちろんエアコンなし。窓とファンはある。あんま安くないけ ど、とりあえず宿がないと動けないし、どうせ1日だしとここに決めた。
「K.C.Guest House」というところ、カオサンの北西、お寺の裏。19:30。

荷物を降ろして下に行くと、気のいいにーちゃんが色々話してくれた。宝石は 買うなとか麻薬はやるなとか、驚くほど常識的な人だった。けっこういい宿かも しれない。まだシャワーでお湯が出るか確認してないけどね。

とりあえず屋台でグリーンカレーみたいなもんと卵の煮たのを食べる。空で バンバン音がする。花火があがっているみたいだ。そういえば、広場に人が集ま って国王の放送(のようなもの。タイ語分からないから推測)を聞いていた。 日本の天皇誕生日もこれぐらい派手にやればいいに。
食べおわって散歩再開。まだ慣れないねえ。途中の屋台でビールと焼き飯を 頼んだら、「国王の誕生日だから酒はないの」と言われた。そういうもんなんだ。 コンビニでは買えるのにね。焼き飯はうまかった。
カオサンにはコンビニが一杯ある。セブンイレブンとファミリーマート。ファミ マのロゴは、昔の日本と同じ、太陽と星のマークのやつ。ちょっと懐かしかった。

で、カオサンにある適当なインターネットカフェでかつ日本語が使える店に入 ったわけさ。そこでいまこうして日記を書いています。1分1B、1時間30B。

まだ、ついたばっかりであんまりよくわかってない感じ。旅が始まったって いう感慨もないし。いまは、ただ眠いね。明日にはホーチミンに移動してしまう ので、どこも見てまわれないだろう。まあ、タイは旅の後半でまたいろいろ見よ うと思う。

では、帰ってクロスタービール飲んで寝ます。



2日目。6/Dec/2001「BKKtoHCM」

 9時くらい。目覚める。あんまり体調が思わしくない。そういえば、東京を出 るとき少しのどがやられていた。うーん、大丈夫だろうか? まあいいや。気に して治るもんでもないし。
 チェックアウトして、カオサンにある旅行会社に直行。

 日本の方が経営されている旅行会社。自分の名前を言うと、担当者が不在で 14:00のチケットは取れないという。そりゃ困った。19:00のチケットは取れる そうなので、それでOKする。
 さてどうしたもんか、この持て余した時間。

 とりあえず寺でも見ようと、その旅行会社で買った「ジミークンバスマップ」 を開く。日本人の作ったバンコクのバスガイドで、とっても便利。これさえあれ ばバンコクのどこにいても困らないぞってくらい。ワットプラケオまで行く。ち なみに「ワット」はタイ語でお寺の事。

 エアコン無しのバスは3.5バーツ、日本円で10円くらい。とても安い。
 そのバスに乗っていて思ったのだが、やっぱり外国の旅はバスが楽しいと思 う。風景も見られるし、普通の市井の人が乗ってくるし。旅行者ばかりの移動 機関じゃ面白くないでしょ。

 そうこうしているうちにワットプラケオ近くに到着。あやしいタイ人が話しか けてくる。今日は寺は大きなセレモニーで閉まっているとか、いい加減な事をぬ かす。明らかに詐欺だ。
 でも、この有り余る時間を有効活用しようと思い立ち、いいなりについていく ことにした。ま、死にはしないだろう。

 トゥクトゥクにゆられて変な寺に行く。また怪しいタイ人が来たが、すでに 他の人に騙されかけているので相手にしない。
 寺を見終わったら、ショッピングに行こうという言う。服だ服だと言ってい る。やだと言っても「just a looking」としつっこい。しまいには薄汚れた 日本語が書いてあるコピーのカードまで出してきて行ってくれと懇願される。 行くとガソリンのクーポンだかなんだかがもらえるらしいが、まずトゥクトゥ クに乗車している時点で金を払っているのになぜにそれ以上サービスしなくて はいけないか。そもそもコピーの紙でどんな説得力があるか。と思いつつどん なダマサレ方なのだろうとお店に行く。
 結局、紳士服のオーダーで、ベラベラ営業の人が喋ってるの聞いてから「い りません」と言ったらあっさり帰れた。
 その後、もう1つ寺に連れていってもらう。そこはけっこういい感じだった。 おっきい仏像が立っているところ。
 で、帰りにトゥクトゥクの親父を探すが、見つからない。んー、乗車賃とか どうしよう。キョロキョロしたが見つからない。しかたがないので、自力でバス で帰った。結局、なんのお金も払わずに時間が潰せたので、なんだかラッキー。

 13:30カオサン着。代理店でチケットを受け取り、こんどはワットプラケオの 隣のワットポーに行く。またも赤バス32番で。

 ワットポーは寝大仏とマッサージで有名。寝大仏は修復中で見にくかったが、 このお寺自体は趣きがあって満足した。
 ついでにマッサージでもされるかと思ったが、待たされている間に飛行機の 時間になってしまうので、あきらめてバス停まで歩く。

 空港からカオサンまでは100バーツのエアポートバスで来たが、ジミークンバス マップも得た事だし、普通のバスで行く事にする。時間は1時間30分ほど掛かった けど、お金は18バーツで済んだ。安いなあ。エアポートバスなんかもう乗らない ぞ。あ、でも急いでいたら乗るかも。

 17:00空港着。ドンムアン空港も、物価が町よりはるかに高い。インターネッ トは5倍、ポストカードは6倍。アホか。誰が買うんじゃ。バーツあまらした外国 人だけじゃないか、こんなの買うのは。
 で、ベトナム航空に乗って滞り無くホーチミン、タンソンニャット空港到着。 19:00。

 エアポートタクシーに50,000ドン払ってホーチミンの安宿街、ファングーラオ に到着。ちなみに現在、1ドルがおよそ15,000ドン。
 ホーチミンはバンコクよりあか抜けない感じで、私は好き。第一印象だけどね。

 ホーチミンの安宿街、ファングーラオをちょっとウロウロして、ネットで良い 宿と聞いていたところをまわる。2件目の「Anh Dao」というところで、75,000 ドンの部屋を取る。親父が親切だったので。
 親父が日本人の宿泊客を紹介してくれたので、ちょびっと話す。この旅行に出 てから、初の日本語トーク。いろいろ役立つ情報を教えてもらった。

 ファングーラオで旅行者が集まると有名なシンカフェで、カフェスーという練 乳入りのホットコーヒーと、店のにーちゃんおすすめの牛肉のフォーというベト ナム麺を食べる。コーヒーは死ぬほど甘い。
 そして、インターネットをしてさくっと眠る。門限が24:00なので、それまで に帰った。イーグループスに接続できずに日記は送信できなかった。



3日目。7/Dec/2001「日本人がいっぱい」

 早寝したので早起き。8:00前に起床。また新しい日本人のお客さんがいた。 彼と親父と昨日の日本人の人を見送る。

 付近をちょっと散歩して、適当な店で玉子のフランスパンサンドを食べる。 超美味い。3,000ドン。ここのおばちゃんは良い人だった。
 裸足で歩いていたらみんなに変な顔された。

 日本で知り合った方に、ベトナムで日本語の先生をしている方を紹介しても らったので、電話してみる。でも繋がらなかったので、またフラフラと出歩く。

 母が9日に来るので、その宿を探してみたり。
 盲人のマッサージ屋に行ってみたり。25,000ドン。結構良かった。英語は 通じないけど。

 で、宿に戻ってくだんの彼女に電話してみる。12:30ごろに宿まで来てもらえ るとのことなので、レセプションの辺りで待っていた。レセプションって言っ てもご家庭の居間と変わらぬような所だけど。
 待ってる最中に、親父の娘のアンダオと話す。大学2年生で日本語を勉強して いるっちゅうことだった。たしかに日本語がお上手。アンダオもそうだけど、 この宿の人はみんな良い感じでよかった。今のところ人運は良い。

 そうこうしているうちにエミコさんがいらっしゃる。自転車に乗って、美味 しいバインセオ屋さんまで連れていってもらう。大通りを20分くらいかけて移動。 自転車の後ろに乗るのなんて何年ぶりだろうか。ていうか、乗せてもらってあり がとう。私はベトナムの交通ルールがわからんので、ほんとはこげば良いんだろ うがやめておいた。2人で死んだらもともこもない。

 お店は確かに美味しかった。揚げ春巻きと生春巻も食べた。揚げ春巻がまた 美味い。バインセオちゅうのはベトナムのお好み焼きみたいなもの。
 このお店に車での道中で、ホーチミンの中心市外を通ったので、だいぶ土地勘 が出来てきた。

 帰りは歩いて帰る。途中さとうきびジュースを飲んだり、エミコさんのおうち でお水を頂いたりした。しかも宿まで送っていっていただき、ほんとうにありが たかった。帰着16:00前くらい。

 帰って本や情報ノートを読んで昼寝して、起きたら18:00すぎ。
 旅行会社に行ったり郵便局で国際電話をかけたり。母と待ち合わせを決めよう と思ったが、つながらない。でも22,000ドンとられた。国際電話は高いよ。

晩ご飯を近くの屋台で食べる。貝2種類と謎の食べ物。この謎の食べ物がうまか った。
隣に座っていた日本人の人々と仲良くなって、夜遅くまで飲む。といっても 23時くらい。みんないい人で面白かった。もうしばらくこちらに滞在するらし い。
で近くでネットをして、帰って寝る。



4日目。8/Dec/2001「髪を切ったりぶらぶらしたり」

8:00ごろ起きて出かける。近所の屋台でバインミーを買って、カフェでカフェ ダーを飲む。この辺は物価が安い。ふたつで6,500ドンくらい。

さらに、近所の床屋で髪を切る。15,000ドン。さっぱりした。髭剃りと耳かきと 爪切りは別料金らしいので遠慮した。

大通りのレロイ通りからドンコイ通りを歩いて、サイゴン川を見て国営デパー トをひやかす。途中で観光客に人気のバクダンという店でアイスとお茶をする が、観光地価格だねえ。35,000ドンくらいかかった。アイスは、まあ、うまいの であろうというくらい。つけあわせのシュークリームのような物がきわめて甘か った。

昨日ばんごはんを一緒にしたミサトさんが道に迷っていたので、一緒に帰る。

15:00くらいに帰り着いてお昼寝。
その前に、宿の親父に明日の飛行機の時間を聞く。親父の友達のタクシーを呼 んでもらい、母の出迎えの段取りをつけた。親父はいい奴だ。

起きてからしばらくして、18:00ごろに、昨日ご飯を一緒にしていたケンセイ さんに飯に誘われるので、そそくさとついていく。ミサトさんと、もうひとりは シュウサクさんという。

昨日と同じ屋台で6人で、ビアホイ飲んでたらふく食べて一人17,000ドン。 安い。昨日のなぞな食べ物と、焼き飯の3種類がおいしかった。この屋台はいい なあ。

その後昨日と同じくケンセイさんの宿の前でたむろして、22:00ごろおいとま して、今日記を書いている。きっと帰ったら寝るだろう。

おやすみなさい。



5日目。9/Dec./2001「合流」

 具合が悪い。目覚めてバインミーだけ食べて、また帰って寝る。

 14時30分。母を迎えに行く時間なので起きる。タクシーは来ていない。ボスは 忘れていたようだ。
 15時。タクシーに乗る。金はいつ払うんだというが、英語が通じないので困 った。まあ、ボスの友達だし大丈夫だろう。
 空港到着。16時過ぎまで待つが、母が現れない。変わりに陳健一と道場六三郎 と坂井なんとかちゅう料理の鉄人トリオが来て撮影していた。
 運転手が英語の通じるおねーさんを探し出し、彼女の通訳でようやっと話は 通じた。ようは金はボスに払えばいいらしい。
 とはいえ、母が現れないのであきらめて帰る。まあ、なんとかなるだろう。

 とりあえず宿に帰り、郵便局に行く。実家にファックスを送り、電話して 母に伝言を頼む。帰りにネットカフェで念のためベトナム航空のタイムテー ブルを調べると、なんと、成田からベトナムに来る飛行機は22時30分着らし い。なんだよそれ。ボス間違ってるじゃん情報。まあいいや。

 ケンセイさんたちと晩飯を食い、中座して再び空港へ。さっきの運転手の タクシーで。
 で、23時。こんどは無事会えました。

 ロビーで知り合ったコバヤシさんとカヨさんと話して、24時ごろ寝る。何も していないのに疲れた一日。



6日目。10/Dec./2001「かいもの」

 9時起床。母は先に両替ついでに散歩してきたらしい。近所のフォー屋で 鶏肉のフォーを食べる。1パイ5,000ドン。にーちゃんが人懐っこい。そして やかましい。その後カフェを飲む。

 2人でチョロンに行く。バスは1人3,000ドン。
 チョロンはいわゆる中華街で、大きな市場がある。その市場で買い物。なに やらいろいろ買いこむ。私は念願の帽子とゴムサンダルを購入。それぞれ 20,000ドンと35,000ドン。帽子はナイキのロゴが入っているが、当然パチ もの。ていうかパチものという概念があるのかどうかすらあやしい。同じ形で ロゴだけACGやリーボックやらアディダスやらポロやらヴェルサーチやらに代 わっている。サンダルも同じで、サンダル屋にはグッチやヴェルサーチ(の ロゴ)のサンダルが山積みになっている。ガラがないと寂しいなあ、くらいの 感じでいれているんじゃなかろうか。

 母はなんか、いろいろ買いこんでいた。

 バスで宿まで戻り、荷物を置いて、町の中心街を歩く。ワッフル屋のおば ちゃんがワッフルをくれた。その後買え買えとやかましいので、4,000ドンで 買った。ベトナムのワッフルは薄くてさくさくしている。できたては美味し かった。

 中心街には小洒落たお店がたくさん。小汚いお店もたくさん。
 途中17時ごろ、中央郵便局から実家に電話をかける。弟と妹は元気である ようだ。犬が車にはねられたらしいが、それも擦り傷で済んでいるよう。一 安心。相変わらずベトナムの電話料金は高い。
 へとへとになるまで歩く。

 18時30分。宿まで歩きつくと、カヨさんとショーゴさんが晩ご飯を食べる ところのようで、ご一緒させてもらう。「菩提樹」という精進料理の店で、ドライカレーのようなものと豆を煮たようなものが美味しかった。

 その後、いつもの貝屋台にケンセイさんとシュウサクさんがいたので、母を 紹介してビアホイを飲む。離れたテーブルにミサトさんとマメさんとヤっちゃ んもいた。ので、それも合流して24時くらいまで飲んでいた。



7日目。11/Dec./2001「サイゴンサイクリング」

 9時に起床。母と路地裏の屋台で朝食。コムと呼ばれるおかず乗せご飯。二人で15,000ドン。
 いつものシェーク屋でフルーツシェイクを飲む。ここの愛想の良いにーちゃんは 日本人の女の子が大好きだと言っていた。でもベトナム人の彼女がいるらしい。 ふざけんな。

 それから2人でフットマッサージ屋に行く。1時間50,000ドン。500円くらい かしらね。チップをねだってきたので、母が10,000ドンもチップをくれてやっ ていた。やりすぎだろう、母よ。

 11時30分。シンカフェで母が、以前知り合った日本語の話せるベトナム人 と合流する。私は別行動で、ボスに自転車を借り、おでかけした。
 この町にもずいぶんなれたなあと、自転車をこぐと思う。道も覚えたし景色 も見なれている。自転車の走る法則性も大体理解していたので、あんまり困る 事はなかった。

 まずカンボジア領事館に行って、ビザの申請をしよう、と思ったら昼の営業 (っていうんですかね)は14時かららしい。現在12時。仕方ないので統一会堂 でも見物するかと思ったら、こちらも13時まで昼休み。どういう嫌がらせか。
 ドンコイ通り沿いの木陰になっているようなカフェで一休みしながら手紙を 書く。中央郵便局で切手を買って投函。6,300ドンだが、この国では100ドン という通貨は流通していないらしく、いつもおつりをもらえない。まあ、1円 なんだけどね。切手が大きくて貼る場所に困ったが、なんとかなった。さて、 これが届くのは帰国寸前なんだけどね。

 領事館の近くの古着屋を冷やかして、ズボンを30,000ドンで買う。なんか くたびれた韓国製のカーゴパンツみたいなの。これでジーンズのすそ上げが 出来るぞ。
 いちいち値切るのは面倒くさいが、なれるとまあ楽しいような気もする。 といったって現地の人よりそうとう高いんだろうけどさ。

 14時に領事館に着くと、誰もいない。窓口も開いていない。ぼけーっと待っ ていると、ようやっと人が現れて「あっちで待っていてよ」と言われる。さ らに5分くらい待っていたら、ようやっと窓口が開いた。南国っぽさ全開だな。
 手続きはとっても簡単に終わって、明日取りに来いということになった。 お金は先払いらしいのだが、持ってき忘れたと言うと「明日でいいよ」とか 言ってくれる。融通が利くというか、いいかげんというか、まあ私にとっては ありがたい事です。

 自転車でサイゴン川沿いを走る。途中でえびチャーハンを食べる。謎の 中国人がフレンドリーに話し掛けてくるは肉片をくれるわの大盤振る舞い。 チョロン行きのバスでもチャイニーズの爺さんが話しかけてきたが、連中は 日本人が好きなのか?
 このえびチャーハンがけっこう高くて35,000ドン。まあ美味かったからい いや。

 宿に帰ると、兄貴とアンダオがいた。ジーンズのすそ上げはどこでやったら いいか聞いたが、分からんという。切ってあげるよと言われたが、切るだけだ ったら自分でやるっつうの。ブイビェン通りにミシン出してた露天のあんちゃ んがいたから、多分やってくれるであろうと行ってくる。
 はたして10,000ドンで無事仕上がった。今回の旅行の一つのテーマが完遂さ れた気がした。

 シンカフェでツアーの申し込みをする。メコンデルタ2日の旅で、帰りはそ のままボートでプノンペンに入るというツアー。ドンで払うと375,000ドン。 すごい額に感じる。この支払いで最初に両替したお金はだいたいなくなった 感じ。このあと買ったミニ目覚し時計20,000ドンのあと、手持ちであるお金 が100,000ドンくらい。まああと1日くらい持つかな。
 ツアーのねーちゃんが木曜日に行きたいって言ってるのに金曜日のチケット をくれるから、文句を言ったら変えてくれた。ボールペンでゴシゴシ書き換え てたけど、そんなんでいいのか?

 で、インターネット屋に行き、溜まった日記を書く。メールを送る気力はな くなるね、この国では。遅すぎる。

その後、カヨさんとコバヤシさんとショーゴさんと母でいつもの貝屋台に 行く。ヒューというおばちゃんと3姉妹が経営している。ビアホイを飲んで、 よく食べた。
カヨさんとショーゴさんは、明日からサイゴンを離れメコンデルタツアーに 行くそうだ。いままで毎日、体調不良で先延ばしにしていたが、明日こそ行っ てしまうらしい。カヨさんはそのままプノンペン入りするらしいので、ひょっ としたらまた会えますねといって別れる。

そして寝る。



8日目。12/Dec./2001「母帰る」

 起床。
 母が「いっしょにカンボジア領事館まで行ってみたい」というので、路地裏でコムを食べて出かける。自転車はオンボロだったが、無事たどり着いた。
問題無くパスポートとビザを受け取る。カンボジア領事館は素敵なところなので、ちょっと一休み。

そのままベンタイン市場まで自転車を走らせ、買い物。いろいろ余計なアドバイスをして、ピンバッジなどを仕入れさせる。私はCD屋でベトナミーズポップお任せ10枚を1枚10,000ドンで購入。ほくほく。
12時30分ごろ宿に戻る。

アンダオと兄貴にCDを見せると、わりと有名な人々らしい。アンダオ「この人嫌い」ああそうですか。兄貴は英語お日本語もダメなのだが、どうやら1枚貸してほしいらしので、貸す。すぐ返してくれた。ホントに聞いたのか疑問だ。
その日から宿に泊まったユキさんとサトミさんと、出かける。母は荷物を郵送しに行くそうだ。なわけで別行動。

まず「菩提樹」で腹ごしらえをして、その後ベンタイン市場前からレロイ通りを通り、国営百貨店に行き、バクダンでアイスを食べ、「ザッカ」を覗いて、ベンタイン市場を見て、宿に帰ってきた。そのとき16:30くらい。なんだか最後にサイゴンの総決算をしたなあという感じ。
二人は福岡でカフェをオープンするらしい。なるほど、がんばってほしいものです。

18時30分。先の二人とコバヤシくんと、ヒューの屋台へ行く。けっきょくサイゴンにいる間はずっとここに行っていたなあ。あいかわらず貝も謎の食べ物もチャーハンも美味しかった。帰りに日本の友人に頼まれたスルメを買う。
帰りにジュース屋によって飲み収め。いつものにーちゃんの前で「彼は日本人の女の子が好きです」と言ったらいやな顔をされた。当たり前か。ケンセイさんたちと飲んでいた時に一緒だったオーストラリア人と会う。せまい街だなあ。
コバヤシくんは明日プノンペン入りするらしい。私より一日早い。プノンペンであえたらいいねと言って別れる。

21:30。母を空港に送って、宿に帰る。今度の運転手は英語が分かってよかった。タンソンニャットは街の規模に比べてとても小さい空港だ。
ビールを飲みながらすこし散歩して、早めに寝る。明日は早起きだ。



9日目。13/Dec./2001「メコンデルタ」

7:00に起きる。身支度は昨日すませているし、精算も終わっている。

親父にゲストブックを書いていけといわれ、書く。そしてアンダオを後にした。いままでどうもお世話になりました。
屋台でバインミーを買って、シンカフェでコーヒーを飲み待つ。予定より30分ほど遅れて、ツアーバスは出発した。

メコンデルタはそんなに印象に残ってないなあ。田舎の方はよかったです。川ももちろんよかった。でもそれ以上に、昼飯と晩飯のまずさががっかりな感じ。高いし。まあ、ツアーだからしょうがないんだけど。
もっとも印象に残ったのは、ボートに乗っていると子どもが手を振ってくる事。いちいち振りかえさないといかんので、ちょっとだけ皇族の気分が分かった気がした。ときとして面倒くさいな。

夕食時、初めて激しい雨と、長い停電にあった。

唯一ツアーで一緒だったミノルさんという日本人。彼と同室になって、「旅行人ノート メコンの国編」を借りて読んだ。これから行くカンボジアの情報を全く知らないので、ここで仕入れる。

チャウドックで1泊。明日はプノンペン。カンボジアの首都に着く。



10日目。14/Dec./2001「メコンの田舎からカンボジアの首都へ」

6:30起床。朝ご飯は不味そうなのでコーヒーですませる。
7:30出発。バスターミナルで降ろされると、ホーチミンで出会ったカヨさんと再開。カンボジアまでいっしょみたい。再会を喜ぶ。
メコンの水上生活を見るツアーでも一緒だった。当たり前だが。まあまあ面白かったが、やっぱりもっと英語ができないとしんどいなあ。英語勉強しよう。

途中でミノルさんたちと別れ、メコン川を中型の船でクルージング。屋根の上に出ると風が気持ちよくて、けっこう幸せだった。

12:00に降ろされて、ちいさな食堂でADカードなんかを書く。ここで飯を食えって事らしいが、カヨさんがフラフラしていたら村の中にも食堂があったらしいので、ガイドに断ってからそっちに行く。粥を食べたが美味しかった。久しぶりにまともなものを食べた気がする。帰りにもち米の甘いやつも買って食べた。物売りの女の子がお金をちょろまかそうとして、返せといったら女の子達が笑っていた。
田舎はのどかで良いなあ。

歩いてカンボジアの警察のチェックを受けて、国境を越える。でも一般市民はじゃんじゃん通過していた。うん? まあいいや。南国だし。
というわけで、あっさりベトナムを出国してしまった。けっきょく観光地や名所はぜんぜんみなかったなあ。

ここからはモーターボートで移動らしい。モーターボートといっても、多摩川とか不忍池とかにある手こぎボートを大きくして、ヤマハのモーターをつけただけという質素なもの。ライフジャケット着用義務あり。なんだか楽しくなってきた。
すぐにカンボジアの国境の事務所に到着。イミグレーション手続きをしているらしい。 領事館もそうだったけど、なにやらずいぶんオシャレなつくりだぞカンボジアの施設。

けっこう待たされる。でも、施設は結構おしゃれだし、メコンはのんきだし、ガキは物を売ってこないでかわいいだけだしでけっこう楽しかった。
が、あまりに遅すぎる。どうも同乗していたパキスタン人がひっかかっているらしい。10年日本にいたとかで日本語もえらい達者だった。ベトナムとカンボジアを往復しているらしい。どんな仕事だかは聞けなかった。
カヨさんが、またあたりをふらふらして水やら果物やらを買っていた。私も便乗して、水と肉マンを買った。肉マンはやたら美味しかった。

けっきょく出発は16時過ぎ。プノンペン着15:00ではなかったのか。それでもツアコンのおっさんはまったく悪びれていない。南国はいいかげんだ。
そのあとしばらくボートトリップ。この不安なモーターボートは、風は気持ちいいし景色はいいしで、すごく気に入った。昨日のメコンツアーなんかよりもよっぽど良い。日も傾いてきて、良い具合でした。おしりは痛くなったけどね。

到着したところから、今度はバス。けっこうボロい。
でも平原の日没は美しかった。カンボジアの田舎町は美しい。街灯もないので星もきれいだ。
道は悪い。すごく。

で7時過ぎに無事プノンペン着。トラブルも含め、結構楽しかった。
が、やはり疲れてはいた。

 カヨさんとルームシェアすることにした。二人で6ドルの部屋に決め、キャピトルのレストランでアンコールビールを飲んだ。南国のビールの味だった。ご飯はにーちゃんの言いなりで、カンボジアンフィッシュスープとカンボジア風フライドライスとカンボジア風牛肉の焼いたやつを食べた。けっこう美味しかった。
 食後に、キャピトルの前のデザート屋台でデザートを食べる。ベトナムでいうところのチェーとほとんど同じ。美味しい。700リエル。カヨさんは私の食べているものの方が美味しかったと悔しがっていた。しらんよ。あとお店のお姉さんが可愛らしかった。

カイドも重ね重ね言っていたが、夜のプノンペンはそうとう危ないらしいので、気をつけないと。宿のにいちゃんも10時過ぎは出歩くなといっていたし。
なので、この街にコいるはずのコバヤシくんを少し探して、いなかったからさっさと帰り、シャワーを浴びて、健やかに眠った。
 コバヤシくんと合流できないと、ガイドブックなしで今後のカンボジア生活を乗り切らないといけない。ま、なんとでもなるか。



11日目。15/Dec./2001「カンボジアの首都」

 朝起きる。

 カヨさんと、とりあえず朝ご飯を食べようと、てきとうな屋台に入る。中華料理のお店で、焼き飯と広麺のやきそばを食べた。どちらも美味しかった。
 そういえば、出かけに昨日のデザート屋のおねーさん発見。近所に住んでいるのかしら。
 途中でコーヒーを買ったりしながら、マーケットを冷やかしたりしているうちに、市内をぐるっと一周してしまった。朝ご飯を食べるだけのつもりが。
 中央郵便局に行き、トレンサップ川沿いを歩いて、シルバーパゴタなんかを眺め、独立記念塔の側の木陰で一休みしたりして。

 郵便局ではテレホンカードを買う。10ドルもしやがる。この国の物価からすると、すごい大金だ。
 プノンペンはホーチミンよりずっとおだやかに見える。あちこち荒れてはいるけれど。
 華僑のパワーも感じる。漢字の看板がすごく多い。
 あと、なぜかベトナム語で床屋の看板がいっぱいある。不思議だ。

 途中でコーヒーを買う。私はベトナムのコーヒーよりも、カンボジアのコーヒーのほうが美味しいと思う。

 ラッキーマートで、海外青年協力隊として、プノンペンで陶芸を教えているという方に出会う。パン君という、バイクタクシーのドライバーと話しているときだった。彼は陶芸の先生の友達から日本語を教わっているらしい。パン君は物静かないいやつだった。彼らからいろいろと話を聞けて面白かった。陶芸の先生がいうには、やはり、月に一度は日本人が強盗にあっているらしい。現金はあまり持ち歩かないほうがいいですよ、とのことだった。

 普通に歩いていると、とてもそんな物騒な国には見えないのに。

 お昼は、近くのマーケットの屋台で食べる。ご飯とお惣菜。カンボジアも食べ物がうまい。そして安い。海老だけ異常に高かったが、それは海老だから仕方がない。だいたい高いといっても一人3750リエル、日本円に換算すると95円くらい。

 コバヤシくんもプノンペンにいるらしいので、うろうろ探してみたが見つからなかった。我々はカンボジアに関するガイドブックの類を持っていないので、コバヤシ君と合流できるとガイドブックも手に入り一石二鳥なのだが。

 それからはカヨさんと別れて、ネットカフェに行く。やっとイーグループスにつながって、たまっていた日記を送信できた。なぜかベトナムでは接続できなかった。

 夕食は、近所で知り合ったタカハシさんのお勧めのモツ鍋屋に行った。最初違う店に入って、その料理は3階ですとか言われてすったもんだしたものの。ビール飲んでガンガン食べて2.5ドル。しかも美味い。旅行人ノートに乗っていたらしいが、侮りがたし。

 帰りに昨日の甘味屋に行ってデザート。相変わらずお姉さんはかわいらしい。クメール人の顔って好きかも。
 3人をデザート屋に残して、もうすこしネットカフェに行く。

 部屋に帰ると、カヨさんが一緒に夕食を食べたマサさんから、「地球の歩き方カンボジア編」を貰っていた。でかした。願えばかなうものだ。そして健やかに眠る。



12日目。16/Dec./2001「カンボジアの首都からカンボジアの下田へ」

 起床。

 シアヌークビルという海辺の町に移動。キャピトルツアーからもバスが出ているのだけれど、ツーリストバスよりローカルバスのほうが256倍面白そうなので、そっちに乗る。
 セントラルマーケットまでとことこ歩いて、昨日と同じ店でコーヒーを買い、朝食用のパンを買い込んでバスターミナルに到着。7:15。3ドル。

 バスはすぐに出発した。
 やっぱりローカルバスは面白い。地元の人がいっぱい。かわいい子供もいる。途中下車する人もいる。おいおい、ありなのかそういうの。車内にはクメールポップスがかかり、それが終わったかと思えば中国系の映画が始まった。なんともいえないテイストです。すばらしい。
 エアポートを通り過ぎると、ただでさえ田舎の香りがする道がよりいっそうのどかになる。カンボジアは美しい国だ。
 休憩一回をはさんで、無事シアヌークビルに到着。

 昼頃シアヌークビルに到着。ハエのように群がってくるバイクタクシーのうんちゃんの一人と交渉して、ビーチ近くのアプサラゲストハウスというところにつれていってもらう。運賃はタダ。どうせ宿からマージン貰うんだろう。
 部屋はまあまあ。さっそくビーチへ。

 日曜日ということもあり、ビーチはカンボジア人の家族連れでいっぱいだった。夏の下田に着たみたい。のんびりとした気分になる。カンボジア人の女性は水着を着ない。長袖の洋服のまま海に入る。肌を見せるのは一般的ではないようだ。
 日傘とベンチの一画があるのだが、システムがよくわからないで困惑していた。売店でやきそばとビールを頼むと、いいから座れとクメール後でいわれた気がしたので、ベンチの一画を占拠する。
 ビーチをウロウロする物売りからイカやエビのような生き物を焼いたものなどを買う。「おせんにーきゃらめる」みたいな感じの人々ね。ビールなど飲みつつ。どれも美味しい。
 ボーっとしていると、隣の家族連れが鳥の料理を分けてくれた。カヨさんがさっき話しかけて、その料理はどこで買うのかと聞いたからみたい。どうやら家庭料理っぽいぞ。とても美味しい。いい人達だ。そしてカヨさんでかした。

 その後、一人でビーチを歩いていると、謎のカンボジア人一家に手招きされた。行ってみると、怪しげな果物を怪しげな調味料に付けて食えという。もちろん、英語はダメ。もちろん食べてみる。
 私は好き嫌いのないほうで、なんでも美味しくいただけるほうなのだが。これは不味かった。不味いというか、舌がしびれるというか、えぐいし、ほんと困った。残すわけには行かないし、でもどんどんよこしてくるし。
 でもまあ、楽しかった。

 午後はマーケットを見てみる。プノンペンのセントラルマーケットとはぜんぜん違って、やはりローカル。あたりまえだけど。
 カフェのオーナーのにいちゃんと喋った。ソップティン君は21歳で店を持っている銀行員。いい奴だった。
 帰りしなに水着と日焼け止めを買う。水着は2,500リエル、偽ナイキ。日焼け止めは3.5ドル。高いぞ日焼け止め。

 バイクタクシーに乗っていても思うのだが、ここはほんとうにいいところだ。風光明媚。カンボジアという国の持つイメージとはあまりにかけ離れている。とてもとてもよいところです。

 カレー屋らしい雰囲気のいい店があったので、そこでアンコールビールの生を飲みながらチキンカレーやプラウンマサラをいただく。ここのバナというスリランカ人もいい奴だった。シアヌークビルは人のいい奴が多い。ついでに宿の犬もかわいい。

 デザート屋台で甘いものを食べ、帰る。

 宿の兄ちゃんにこのへんは安全かと聞くと
「安全さ。お金だけ置いていけばね」
と言うので、カヨさんとビーチに星を見に出かける。
カンボジアというととかく危険なイメージがあるが、どんどん油断していってしまった。
果たしてビーチには、夜更かし用の照明まで設置されていて、のんきな地元の人が涼んでいた。まるっきりのどかだった。

星は本当にきれいで、寝転がって見上げていると流れ星がたくさん見えた。これが見られただけでも、カンボジアに来てよかった。
でも、蚊にもたくさん刺された。

この日は新月でした。翌日に下弦の月も見られた。



13日目。17/Dec./2001「バイクで走るカンボジア」

 起きる。
 カヨさんは具合がよくないよう。なので一人で行動。

 とりあえずレンタルバイクを借りて、シアヌークビルを一周してみる。バイクは一日4ドル。ご丁寧にガソリンが空の状態で渡してくれやがった。ガソリンは1リットル2,000リエル。ほかの物価を考えると高い。

 バイクで走った感想。本当に美しいところです。丘があって、森があって、草原があって、海がある。お天気にも恵まれて、とても楽しいツーリングでした。
 久しぶりにカブに乗って楽しかった。ロータリーギアが懐かしい。

 ご飯も美味しい。一人で食べたオカズ屋台とか、本当に美味い。しかも安い。1,500リエルとかだよ。いい国だ。ちなみにミネラルウォーターは500リエル。

 復活したカヨさんを乗せ、テラスのあるところでランチ。食いきれないほど魚が出てくる。一人5ドル。ツーリスト向けの店は高い。でも眺めはよかった。

 カンボジアは犬が多い。私もカヨさんも犬好きだが、犬嫌いはきっと暮らせない。

 カヨさんをネットカフェに連れて行く。1時間5ドル。高い! 日本より高い。でもこれがシアヌークビルの相場らしい。日本語のマシンが1台しか見つからないので、カヨさんを置いてひげをそりに行く。ずっと伸ばしっぱなしだったので。
 床屋で2,000リエル。さっぱりしました。

 夕食を「経済飯店」という食堂で食べる。やたら美味い。そして一人3,000リエル。
 帰りに買ったデザートも、和菓子っぽくて非常に美味しかった。なにやら懐かしい味がする。カヨさんと「いったいなんの味に似ているのだろうか」としばらく議論するが、結論は出なかった。個人的には黒蜜っぽい味がしたように思う。

 カンボジア、景色と食い物は最高だ。本当に。



14日目。18/Dec./2001「ちょっと贅沢」

起床。
朝からビーチで甲羅干し。平日は人も少なくてのどかだ。

その後チェックアウトして、ちょっとデラックスなホテルに泊まる。と言っても18ドル。2200円くらい。カジノ併設で、部屋から海の見えるホテル。もちろん、バスタブがついていてお湯が出て、その上テレビもある。エアコン当然。なんて豪華なんでしょう。冷蔵庫の中の水は飲み放題。幸せです。
ビーチで悪がきに盗まれたと思われるホーチミンで買ったサンダルを、ここで補充。部屋においてあったので。やったね。

お昼を食べて、近所のカフェ、っていうか屋台でコーヒーを飲む。おばちゃんが良い性格していて楽しかった。なぜかトランプがおいてあったので、雨も降ってきたことだし、あがるまで遊ぶ。スピードなどを久しぶりにやった。なにやらのどかな時間だった。

ホテルに帰ってカジノを冷やかす。最低5ドルから。やりたかったけど止めておいた。貧乏だし。5ドルって。ディーラーやスタッフは暇そうだった。昼間だから当たり前か。

ひさしぶりの贅沢な部屋なので、ポストカードを書いたりホテル暮らしをしばらく堪能。カヨさんはゆっくりしていくそうなので、一人でビーチに戻る。
この島のビーチは本当に人が少なくてよい。

浜からホテルに帰る。夕日を見に行くついでに郵便局に行く。
郵便局には切手も電話も無かった。は? ここはどこ? 郵便局でしょ? どうやらマーケット近くの支局には切手があるらしい。意味が分からない。じゃ、ここはなんのためにあるのだ。
今からマーケットに行くと日没に間に合わないので、あきらめてビールを買い込み、バイタクのにーちゃんから聞き出した日没スポットへ行ってみる。

バイクで山を登って、山の上のお寺の近くに止める。ついでなのでお寺を見学。お寺に入ったら、暇そうな若い坊さんがわらわら集まってきて、いろいろ話す。好奇心旺盛なみなさんと歓談。だが、このままでは夕日が見られぬ。適当に切り上げる。
歩いて行こうとすると、バイクで行きなさいと坊さんが言う。言われたとおりバイクで走って、行き止まりでたむろしているカンボジア人のにーちゃんに、もっと奥に行けといわれ、恐る恐る進入。
そこは、町と海が見下ろせる丘と、座れる大きな大きな石がある素敵な所だった。
なぜか徒歩でついてきた坊さんと、最初からそこにいたドイツ人と話しながら、ビールを飲む。夕日は美しかった。

親切な坊さんに別れを告げ、夕食を取りに小さなマーケットの近くに行く。えびせんとおかゆを食べる。どっちもやたら美味い。そしてデザート屋台でデザートを食べ、満足してホテルに帰る。
久しぶりにバスタブに浸かり、良いベッドとさらさらのシーツで眠る。



15日目。19/Dec./2001「シアヌークビル最後の夜」

起床。
レンタルバイクを返さないといけないので早起き。チェックアウトして町中心の安ゲストハウスにカヨさんを降ろし、バイクを返却する。

マーケットでバインチャエウが食べたいというカヨさんの申し出で市場へ向かう。
途中、竹の筒を持ったにーちゃんが、子供たちになぞの飲み物を売っていた。怪しく思い挑戦してみる。不思議な味の飲み物だった。サトウキビっぽい? 100リエル。

マーケットの目当ての店は閉まっていた。
だが、念願のかぼちゃプリンと漢方ゼリーにありつけたので、まあよかった。
カヨさんがカメラをとって来るというので、そのまま別行動にして、私はマーケットをしらみつぶしに見てまわった。
お昼頃に合流。マーケットの奥の屋台で、カンボジアの基本的家庭料理みたいなものを食べる。屋台で食べると本当に安くて美味い。あ、でも謎の苦いサラダは食べきれなかったな。

いつものにーちゃんの店でコーヒーを飲んで、宿に帰る。このコーヒー屋で働くオーナーのいとこのにーちゃんは、2回目に来たときせこくぼったくろうとした可愛い奴だ。

 また別行動。私はビーチに遊びに行く。
人は少ないが、景色はきれいだが、ハエが多くて閉口した。害はないがうざったい。
だが美しい所でした。

宿に帰って晩御飯を食べに行く。
宿の目の前では、オープンテラスで派手な結婚式が始まっていた。がんがんなる音楽。すごい。出かけに冷やかしていく。見られて得した気分。

小さな市場の近く。カヨさんが食べたがっていた焼き鳥屋の屋台で焼き鳥を食べる。美味しかった。近所の屋台で、謎の芋の焼いたのも食べる。これもシンプルで美味しかった。
ネット屋で日記を書く。シアヌークビルは1時間5ドルとやたら高い。

そのあと、ビールを飲もうと初日のカレー屋に行く。ダールカレーが美味しかった。ここのダナは本当に良いやつだ。

帰りにシェーク屋でシェークを飲む。店のねーちゃんに交渉して、カヨさんがキューバリブレ作成用のライムをただで入手していた。
スーパーでビールとコーラを買って、宿のテラスで飲む。

が、私はそのままさくっと寝てしまった。最後の夜を惜しむ気持も何もあったもんじゃない。
ちなみに、結婚式は22時ごろに終わったみたいです。よかった、朝までで大騒ぎじゃなくて。



16日目。20/Dec./2001「おわかれ大移動」

 起床。

 頼んでおいた洗濯物が仕上がってきたのはよいのだが、値段が9,000リエルと、話より高い気がした。英語が通じないとこういうとき困る。まったくもう。

 帰り支度をしているカヨさんと別れて、先にマーケットにて買い物。
 待ち合わせ時間になり、最後のご飯を食べる。残念ながらバインチャエウ屋はやっていないので、カレー麺を食べる。美味しい。

 宿に戻って、お別れ。最後の名残を惜しんでいるのに、見知らぬバイタクのおっちゃんがやかましい。ふざけんな。
 カヨさんとお別れをして、約束していたにーちゃんのバイクに乗り、港に向かう。
 やっぱり美しいところだと、バイクの後ろに乗りながら思った。

 港に到着する。バラックでパスポートチェックを受け、そのあとチケットを買い乗船する。15ドル。
 時間を過ぎて船は出発。すごいスピードで、すごく揺れる。でも船はけっこう立派でイスも快適。3時間ぐらい揺られて、ココンに到着。

 そこから、小さなボートに乗り換え、移動。120バーツ。
 そこからさらに、バイタクで移動。なんか240バーツとられたけど、ここはたぶん100バーツくらいで移動できるはず。金銭感覚が狂ってて、うっかり払ってしまった。すごく悔しかった。っつっても300円くらいなんだけどね。100バーツあればけっこう遊べるからなあ。

 まあ、それはともかく国境到着。特に問題なく出国スタンプをいただき、歩いて国境を越え、タイ側のハートレックに到着。国境は17時に閉まってしまう。到着は16時ちょっと過ぎ。ボートなどが遅れると国境で一泊となるんだろうな。
 美しい景色も、バイクに過剰に支払ったことで悔しく、あんまり目に入らなかった。

 バーツを支払いすぎて円だけになってしまい、困っていたのでたまたまその辺にいたシゲさんという日本人の方に円をドルに替えていただく。困ったときはお互い様と、快く引き受けてくださった。感謝。
 その縁もあってミニバスでトラートまでご一緒する。100バーツ。

 1時間30分くらいでトラート着。タイはカンボジアより遙かに都会。道路も整備されているし、田舎町でもATMがある。豊かな国なんだと再認識した。
 トラートで一泊するシゲさん達と別れ、バスターミナルを探す。

 とりあえず近場のバス会社は、次のバスは23時だという。なんとか早く出るバスはないかとウロウロしていると、ゲストハウスかと駆け寄るタイ人が来た。違うよバスだよというと、あっちがバスターミナルだと教えてくれた。おいおい、自分の商売は良いのかよ。でも助かった。
 果たしてその会社からは19時発23時40分着のバスが出るという。194バーツ。ちょいと高いが、問題なし。なにしろ件のバイタクより安いんだし。
 近所の食堂で、おばちゃんから弁当を買う。30バーツ。
 そしてバスはすぐに出発した。

 噂通り、タイの高速バスはやたら快適。タイの道路はとても整備されている。なぜかホテルカリフォルニアが延々リピートされていたが、まあよい。ブランケット装備で、サービスで飲み物と菓子パンまで出てくる始末。すげー。日本円で600円くらいなのに。
 おばちゃんの弁当をもぐもぐ食べる。美味しい。これはスパイシーだといっていたものも、おばちゃんのお勧めの軟骨のやつも美味しかった。

 あっというまにバンコクの東バスターミナル、エカマイ着。降りるとタクシーがうるさいので、ステーションの奥に逃げる。移動で疲れて、体力がないのだ。
 奥のスタッフっぽい人に、カオサン行きのバスはどこから出ているのだと問う。なかなか通じない。インドシナの連中はこぞって英語がしゃべれない人が多い。なぜかタクシーの運転手らしき人までやって来て、あっちから3番のバスに乗れと教えてくれた。タクシーの運転手なのに、いい奴だ。

 問題は、そのあっちっていうのがどこだかわからなかったことだが、まあ歩いていたらたどり着いたよ。深夜なのでなかなか出発しなかったが、25時前にはカオサンにたどり着いた。5バーツ。

 日本人宿と有名で、帰りの空港行きのバス停に近い「ch2」に宿を決める。120バーツだけど、なんかあんまり良くない。部屋はぼろいし隣の声は聞こえるし共同トイレとシャワーだしお湯でないし。こんなんだったら安いドミの方が割り切れる分だけマシだが、新しい宿を探す体力もないので、さっさと決めた。ネットをやらせて貰おうとしたら、もう終わりだという。おいおい、お前の宿にした意味がないじゃないか。

 しかたがないのでカオサンまで戻ってネットをやり、帰って泥のように眠る。
 さすがに疲れた。



最終日。21/Dec./2001「帰国」

 起床。

 両替する。レートは100円33.5バーツ。朝食は近所の社員食堂みたいなところで食べる。15バーツ。

 行きでベトナム行きのチケットを買った旅行会社に行き、オープンチケットの値段を聞く。ビーマンが11,000バーツ、エアインディアや中華航空が16,000バーツくらい。ちなみに年末年始はもう無理だって。あたりまえだけどさ。

 チェックアウトして荷物を預け、バスでサイアムスクウェアに行く。3.5バーツ。バンコクの一大商業地。ほんとに渋谷とか新宿みたいなところだった。

 歩き疲れたところで、結局路地裏の屋台を探し出し、ご飯を食べる。ゴハンの上に炒め物と卵が乗ったやつで、すごく美味しかった。これが最後の食事となった。30バーツ。

 近くのジムトンプソンの店にいって、カフェでお茶を飲む。高級感一杯。観光客も一杯。タイ語より英語の方が多いって感じ。

 町歩きに疲れたので、バスでカオサンに帰る。3.5バーツ。大渋滞。これがバンコク名物の渋滞か。
 カオサンでもいろいろ物色。

 最後にタイ式マッサージを2時間経験。260バーツ。
 そして、大渋滞する道路を空港へ移動。18バーツ。

 予定より30分ほど遅れて、25時過ぎに飛行機は出発。6時間のフライトを経て、日本時間の22日土曜日8時30分、日本に帰着。

 短い旅行が終わりました。



■旅行の感想。
旅行は楽しい。
 一行で終わってしまいます。
 本当に楽しかった。大きなトラブルも病気も怪我もなく。良かったです。

日本円は強い。
 日本ではおそらく最下級の経済力に属する私ですら、かの国々では何もお金に困らないで生活できるわけです。
 それはひとえに、日本国が経済的に豊かである証拠です。
 だからといって、かの国々の人々よりも日本人が幸福かといわれると、わかりませんが。

インドシナの食い物はうまい。
 屋台では何を食べても美味しいです。しかも安い。
 パンもデザートもコーヒーも、美味しいものは屋台でなんでも事足ります。
 衛生面の危険性は残るんですが、絶対にレストランよりも、混んでいる屋台をお勧めします。とくに、ツーリスト向けで現地の人がいないお店には入ってはいけません。まずい上に高いです。

交渉はうざったい。
 日記には書いてありませんが、ほぼ全ての買い物の前に値段交渉をしています。  かの国々には定価という概念が皆無です。バスと食堂くらい。
 タクシーやバイクタクシーも交渉制です。しかも旅行者は外国人料金。ぜったいにそれ以上はまかりません。
 まず何日か過ごしてみないと、相場そのものがわからないので、買い物には苦労します。だいたいの相場がつかめるまで、買い物は控えるとよいでしょう。なれたら、相場通りのお金を渡せば、だいたい事足ります。たとえばミネラルウォーターなんかは毎日買うものですけど、どこでもそんなに値段がかわるものではありません。
 とにかく、相場になれることです。あとは、現地語で交渉できると多少楽なので、挨拶と数字くらいは言えるようになりましょう。
 また、観光客になれている都会や観光地よりも、田舎の方がぼられる確率はグッと低くなります。
 ぼられても、日本円になおして考えれば大した額ではなかったりします。食べ物や服である限りは。いや、いけないお風呂やさんとかでぼられるとまた話は違うと思うけど。なので、あんまりカリカリせずに、自分の中で許せる範囲内で買い物を楽しめればいいのではないでしょうか。安い人が勝つゲームをしているわけではないのですから。

 たしかに値段交渉は、楽しくもあるし、現地の人との交流の場とも言えるんですが。
 元気なときはいいんですけど。疲れているときはうざったいです。

移動はローカルで、ビザは自分で。
 旅行会社のバスで移動して、旅行会社でビザをとる。
 楽だし、実際かかるお金はそんなに違わなかったりします。
 でも、できれば自力で、地元のバスを使ったり、大使館でビザをとった方が楽しいと思います。何事も経験ですし。


■付記。
お役立ちリンク。
「ジミークンバスマップ」
バンコクでお世話になった「ジミークンバスマップ」作者のHP。このバスガイドには大変お世話になりました。

「MPツアー」
バンコクで日本人の方が経営されている旅行会社。ベトナム行きのチケットを手配していただきました。

「T&Tトラベル」
ホーチミンで日本人の方が経営されている旅行会社。ホーチミンの安宿街、ファングーラオ通りのガイドブックがとっても便利です。

「カオサンからアジアへ」
バックパッカーの役立ち情報満載。便利。

「GO for ASIA![ゴーアジ]」
アジア総合掲示板サイト。便利。



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