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seriseri.com > handsomebu > writing > the radish hunter 11 July 2003
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クロサワセリの超個人的ページ。
「だいこん狩り」
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[戯曲、小説] [コラム] [演劇ノート] [日記]
だいこん狩り
 目が覚めると、そこは見慣れぬ倉庫だった。いや、倉庫ではない。倉庫にしては生活味がある。だが普通の家にしては広すぎるし、何より天井が高すぎる。ズキズキする頭を騙し騙し動かして、彼女は昨日何があったのかを思い出そうとした。



 夏至も過ぎたが、まだまだ日が長い。間もなく午後七時になろうと言うのに、辺りはまだ薄明るい。すれ違う人々の中、長袖の人は背広のサラリーマンくらいになって、視覚的にもいよいよ夏になったなぁと感じさせられる。
 弥生葉月はあまり時間に正確な人間ではないので、集合時間の六時を大幅に過ぎているにもかかわらず、時計を気にするでもなく、のんびりと六本木通りを歩いていた。
 外苑西通りに突き当たる手前で脇道にはいり、そこからさらに一本細い路地へ進むと、築年数二十年は堅い雑居ビルがある。小さな細い階段の前に、普段は看板が出ているのだが、今日はない。葉月はそれを気にするでもなく階段を降りていった。普段ライティングされている壁はビラやポスターで一杯なのだが、今は真っ暗なので何も見えない。つまずかないように注意深く地下に下り立つと、そこには無人のチケットカウンターと閉ざされた扉があるのだが、ここも電気が消えているのでただただ闇があるだけだ。葉月は扉があるだろう方向にそろそろと進み、手で扉の存在を確認すると小さく三回、ノックした。しばらくすると丁度葉月の目線のところにある覗き窓が開いた。窓の向こうから薄く光りがさす。覗き窓の向こうには、黒い覆面がいた。覆面は静かに葉月に尋ねてきた。
「ドラえもんは?」
 葉月は面白くもなさそうに答える。
「ダイエットの必要ありだ。身長一二九.三センチメートルに体重一二九.三キロは絶対太りすぎだろ。ちなみに胸囲も一二九.三センチだ」
「よし、入れ」

 入るまでの過程も普通ではないが、中の状況は更に異常だった。まず目を引くのは、ホールの大きさに比べてあまりにも大きな吊り看板である。「DDD団定例総決起集会」と色とりどりの塗料と書体で書かれている。内容は良く分からないが、まあデザインは格好良かった。ホールの丁度真ん中当たりの床には魔法陣が描かれ、それが看板同様ブラックライトに照らされて、薄ぼんやりと光っている。その周辺を囲むように黒ずくめの人々が押し合いへし合いしながら、小さな舞台に立ち熱く演説している総統の言葉に耳を傾けていた。が、葉月はその演説にはあまり興味が無いので、入口の黒ずくめから受け取った彼らと同じ黒い覆面付の外套を受け取ると、着替えるためにトイレに向かった。着替え終わった自分の姿を鏡で覗くと、ぱっと見は色違いのク・クラックス・クランである。
 葉月がトイレから出てくると、丁度総統の演説が終わったところらしく、黒ずくめ全体が鴇の声を上げているところだった。とうとうこのDDD団の活動が始まるのである。

 葉月は恵比寿方面に向かっていく一団と共に行動した。百を越えるDDD団構成員が五グループに別れて、六本木の街に紛れていく。葉月達のグループはもっとも人数が少なく、せいぜい一五、六人しかいなかった。だが、士気はもっとも高い。葉月の中の将校としての血が、この士気の高い部隊に参加することを選ばせたのだ。といっても葉月は新人構成員に過ぎないのだが。
 こんな妖しい集団も、六本木の人々は別段いぶかしまない。東京の無関心はそこまで深刻なのだろうか? いや、そうではない。この行軍が六本木の風物詩となっていると思った方がいいだろう。現に、道行く彼らとすれ違う人々の何人かは「頑張れよ」とか「期待してるぜ」などと応援されていたからである。その言葉に、彼らは無言で右手を挙げて答えていた。
 五分ほど練り歩いただろうか。最初の獲物を発見した。それは三段腹のくせにピンクのチビティーを着ていた、夏に向けてサロンに通っていい具合に焼けている、頭に花を咲かせた女だった。構成員達は葉月よりも早く、各々の武器――ハリセンやら水鉄砲やら――を構え、襲いかかった。
「天誅!」
「身の程を知れ!」
 バシ、バシ、ぴゅー。
「キャー、何すんのよぉ、もう超シンジられなぁい」
 この一言が構成員により一層火を付けた。
「その言葉遣いはなんだぁ!」
「クネクネすんなオラァ!」
 そんな光景が、その日の六本木界隈に広がっていった。

 DDD団。正しくは「デブ・デリーター・デラックス」。デブを憎み、その殲滅を目的とした崇高なる秘密結社である。この思想に共鳴した若者で構成され、厳しい審査(主に体格)を経たものだけが晴れて入団を許されるのだ。総統はこの組織を月に一回招集し、六本木の街の肥満児どもに天罰を加える。夏は露出度が高くなるため、週に一回のペースで招集がかかるのだ。DDD団総統はなぜこんな一文の得にもならないことをやっているのかというと、またいろいろ事情もあるのだが、それはまた別の機会に。
 とにかく、ここの構成員は脂肪に関して一家言あるもの達ばかりなのだが、葉月にそんなものはなく、ただなんとなく参加して遊んでいるだけである。

 と、葉月達のグループが、若い男達に逆襲され始めた。どうやら男達誰かの彼女に手を出してしまったようだ。勿論、手を出したというのは「粛正した」という意味である。くれぐれも勘違いのなき様に。
「このデブ専野郎が!」
「ンダとコラぁ! コッチ来いやァ!」
 葉月は待ってましたとばかりに先頭に立った。どうも他の構成員はイザというとき頼りにならない奴が多い。デブ専発言をして男に追いかけ回されていた奴をかばうように若い男達に立ちはだかる。キャップをかぶったヒゲが葉月めがけて右ストレートを放ってきた。葉月は相手の拳を左腕で受け流しながら身体を右にずらしてかわし、カウンターで殴ろうとした。瞬間、葉月の右手首を何者かが掴んだ。
「何をしている! こっちに来なさい!」
 右腕を引っ張られたおかげで、葉月は相手を殴れなかったばかりか、引っ張った奴の方へ行こうとして背を向けたところに空き缶をぶつけられ、すごく嫌な気分になった。
 士気が高いと言っても、DDD団は別に武闘派ではない。というかむしろ逃げ足が早い事を奨励していた。葉月はなんだかなあと思っていたが、何時の間にか彼を引っ張っている奴と自分の二人だけ追いかけられている状況を鑑みて、その言葉の意味を身体で理解させられた。本当に、みんな逃げ足だけは早いようだ。
 どうにか男達を撒いた時には、もう自分達がどこにいるのかも分からなくなっていた。二人は路地裏で荒い息を整えていた。ポケットから煙草を探りだし、文句の一つも言ってやろうとした葉月よりも早く、口を開いたのは葉月を引っ張り回した方だった。
「あなた、総統のお言葉を聞いていなかったの?」
 その声を聞いて、おや、とおもった葉月の疑念は、次の瞬間確信に変わった。
 覆面の下から現れた横顔は、女のそれだったのだ。

 DDD団というものは男だけで構成されているものだと思っていた葉月はまったく面食らってしまった。だが、考えてみれば女性を受け入れない理由もない。狩りの対象には男性だって含まれているし、入団資格に「男性に限る」という言葉を見た覚えもない。
 葉月は自分の目の前に座っている女をまじまじと見つめた。黒い外套と覆面は、証拠隠滅のためすでに焼却済みだった。今の彼女はその下に着ていたすとんとした印象の黒いノースリーブのワンピース姿だった。そういう格好だから中身がどうなっているのかは分からない。胸はそれなりにあるが、二の腕や足首を見る限り、かなり細身であるだろうと思われる。まあ、DDD団であるのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。一重目蓋の釣り目がキツそうな印象を与えているが、日本美人らしい整った顔立ちといえる。今は運ばれてきた豆腐ステーキを黙々と食べている。
 自分達が代官山の辺りまで逃げてきたと分かって、二人は本隊との合流を諦めた。とりあえず晩飯でも、という葉月の誘いに乗ってきた彼女は、道中から豆腐ステーキが来るまでの間、延々葉月にDDD団の信念と理想について語った。彼女が一番言いたかったことはつまり、デブの存在否定はするが決して暴力沙汰を起こしてはならない、ということらしい。
「あなたのように軽率な人がいると、組織全体が迷惑を被るのよ」
 そう言ったところで丁度料理が運ばれてきて、会話はストップした。二人は自分の目の前に運ばれてきた料理を平らげるまで、口を聞かなかった。

「でもさ。言葉の暴力なんじゃないの、オレらのやってることわ」
 さっさと自分の海老のコキールを食べ尽くした葉月の問いには答えずに、彼女は一枚の写真を取り出した。葉月が受け取った写真には、なんだかもうどうしようもない人が写っていた。セーラー服を着てお下げ髪を結っている。まあそれはいいのだが、輪郭が大きくぶよんとしていて、目許には眼鏡が食い込むようにねじ込まれている。その眼鏡も野暮ったい黒ぶちの四角いもので、眼鏡の奥の目は厚い脂肪の影響で糸のように細くなっていた。目蓋は一重だが顎は二重で、恐らく腹は三重になっているだろう。葉月は、これが食前に出されなくて良かった、と思った。
 彼女は四分の三くらい食べるとナイフとフォークを置いて、ナプキンで口元を拭った。そして写真をへらへらと見つめている葉月に向かって、ぼそっと言った。
「それ、私」
 葉月は彼女の言っていることが良く飲み込めなかったので、ついうっかり聞き流してしまいそうになった。へらへらしながら聞き返す。
「へ?」
「それ、高校生の頃の私」
 葉月はまじまじと写真と目の前の女性とを見比べた。言われてみると、写真の生物の輪郭を削ぎ落として眼鏡を外し、化粧をしてやるとこんな顔にならなくもない、ような気もする。葉月はひとしきり「へー、ほー、ふぅーん」と感心した後、女は恐いと思った。
「女子高生は世界最強のブランドなの」
 葉月が一通り感心したころを見計らって、彼女は切り出した。
「力ずくでも教えてあげたほうが、いいと思うわよ、いろんな意味で」
 もしあの写真を見せられる前だったならば到底納得できない話だろうが、実体験に基づいているとなると途端に説得力があるような気がしてくるから不思議だ。だがなんにしても暴力に変わりないんじゃないだろうか。葉月はただ面白そうだからデブいじめをしているだけなので、他人からなんと責められようと気にしないが、どうもこの人は自分が善い行いをしていると思っているらしい。葉月は写真を返してから、皮肉っぽく聞いた。
「それも総統のご意志ってやつかい?」
「いいえ」
 彼女は大仰に首を振り、そして不敵に笑った。
「私の意見よ」
 その笑みは、葉月の好きな種類だった。

 そんな笑いに騙された。
「結局、オトコなんてモノはダネぇ」
 最早取り返しのつかないところまで酔っ払った彼女が葉月に絡む。葉月も嫌そうな顔をしながら、右腕は彼女の腰に回している。この辺は条件反射と言えよう。あの写真から見られる面影は、ウエストには残っていなかった。
「ガイケンしか見ておらんのだよ、ガイケン! こら、聞いとんのかコゾウ」
 葉月の顔を見上げて、右手でペチペチと頬を叩く。店を変えてからどれくらい飲ませたんだっけ、とぼんやり考えつつ、葉月は愛想笑いをしながら答える。
「ええ、全くその通りです」
「そうだろう! お前よくわかっとる!」
「はあ、ありがとうございます」
「ワタシなんかわだなあぁ、こう、キュっとなっただけでボーンだぞ、ボーン」
 何を言っているのか良く分からないが、取り敢えず肯く。言い寄ってきた男の数か?
「こうな、ヤせるとムネまで無くなるンだぞ。だがなぁ、数字のマジックでヘイキだ! カップはかわっとらんぞぉ〜、ニャハハハぁ」
 終いには両腕で葉月の首筋に抱きついてきた。本人は抱きついたつもりなんだろうが、端から見れば締め上げているようにしか見えない。そういえばワインは五本も開けたかなあ。
「あああぁ、アイしてるぞぉ〜」
「あ、ありがと」
 もうダメだ、と葉月は思った。こんな女だとは思わなかった。もっとこう、知的で冷たい女を期待していたのだが。ま、よくある事だけれども。そして葉月は、今後予想される展開に恐怖していた。
 今まで元気だった彼女が、急におとなしくなったら要注意。とか考えていた矢先、葉月を締め上げる力が弱まった。ヤバイ、こんなところで。
 リバースされるのか?
「……葉月くん、気持ちワルい……」
 案の定だ。蒼くなった彼女を担いでトイレに放り込もうとしたが、週末のトイレは混んでいた。仕方なく店の外に連れ出して、電柱のとこにしゃがませると、そのまま案の定な結果になった。やれやれ、もうこうなると彼女をどうこうしようとかいう気も完全消滅。店に戻って勘定を済ませ、少しは落ち着いたかなぁと戻ってくると、まだ吐いていた。背中をさすってやる。
「大丈夫ですか?」
「ぜ……ぜんぜんへーき……うぷ」
 これではタクシーにも乗れない。歩いて家までも連れて行けないし、さてどうしたものかと思案していると、聞き慣れたエンジン音が近づいてきた。今時シティーカブリオレなんかにフルノーマルで乗っている奴はそういない。振り向けば車体は何と紫色だ。紫に乗っているやつなんてもうあいつしかいないだろう。葉月は大声を張り上げた。
「おーい、俊!」
 両手を振る葉月に気付いたようで、紫のシティーは止まった。運転しているのは葉月の悪友、紫沢俊だった。アロハを着ている俊は、呼び止めた人間が葉月だと気付いてとたんに気さくに話し掛けてきた。
「よう、葉月じゃん。なにやってんの?」
 どうも俊は、葉月の後ろにやばい人が控えている事に気付いていないらしい。葉月は内心ほくそえみながら、表向きは普段通りに振る舞う。
「悪いけど乗っけてってくんないかな?」
「別にいいよ。暇だし」
 お人好しの俊は、ついそう答えてしまった。
 その返事を聞くが早いが、葉月は彼女を助手席に座らせた、というか押込んだ。俊は慌てて尋ねる。
「ちょ、ちょっと、お前一人じゃないのかよ」
「大丈夫大丈夫。オープンカーだから外にリバースさせるって」
「待てよ、リバースしてんのか? 彼女」
「もう治まったと思うよ、多分」
 話しながら葉月は彼女の横にひょいと割り込んだ。俊がクラッチを踏んでいることを確認しつつ、ギアを手早く一速に入れた。
「ささ、出発出発」
「ざけんなよぉ、こいつ」
 と、言いながらも俊はやれやれと車を走らせた。葉月の我が侭には慣れている。以前この車で九人乗りを完成させたことがあるが、それも葉月がいたときの話だ。
 ただし、と俊は葉月に念を押した。
「ぜってー車の中に吐かせんなよ」
「分かってるって」
「……ゆれてる……きも……う」
 彼女の気配を察して、咄嗟に外を向かせる葉月。隣の車線の車が慌てて減速をする。アスファルトに彼女の嘔吐物がぶちまけられた。葉月がふと後ろを見ると、たまたま危険な目に遭わせたドライバーと目があった。剣呑な相手にへらへらと頭を下げて、葉月は何事もなかったかの様に前に向き直った。俊は非常に不安な気持ちを抱きながらも、弥生家に向けて一直線に車を走らせて行った。

 目が覚めると、そこは見慣れぬ倉庫だった。いや、倉庫ではない。彼女のからだにはタオルケットが掛けられていたし、目の前には広いテーブルが置かれている。倉庫にしては生活味がありすぎる。だが普通の家にしては広すぎるし、何より天井が高すぎる。うだるような暑さの中、ズキズキする頭を騙し騙し動かして、彼女は昨日何があったのかを思い出そうとした。
 ……さっぱり思い出せない……。
 改めて周囲を見回してみると、沢山の酒瓶の山、山、山……。ビールワイン日本酒バーボンスコッチアイリッシュエトセトラエトセトラの空き瓶が、霞ヶ関のビル群のように乱立し、嵐の後のように倒れている。またその酒瓶の周囲には、彼女と同じ様に倒れている人、人、人……ざっと十人はいるだろう。その有り様はまるで、築地の鮪市場のようだった。
 と、十尾の鮪の内の一尾が起き上がって、両腕を広げながら大きく欠伸をした。どうもこの人物には見覚えがある、と彼女はその人物に目をこらした。そのとき始めて、自分の目尻と目頭に目脂が溜まっていることに気がついた。ゴシゴシと目を擦って、その頃には葉月の方が彼女に近づいてきていた。
「昨日はドーモ」
 自分の目の前にいる人物が葉月だとわかって、彼女はようやっと昨日の事を思い出しはじめた。そう、DDD団の集会に行って、狩りをして、逃げて、葉月とごはんを食べて、飲みに行って……それから? それから?
 彼女の悩む様を見て、葉月は微笑んだ。
「昨日は激しかったね」
 はっとして下着を確認する。ブラジャーもパンツも付いているし何者かにいじられた形跡はない。ほっとする彼女の顔を見て、しかし葉月はその顔色の変化を見逃さなかった。
「『またやっちゃった』て顔してたね」
「……うるさいわね。ほっといてよ」
 そんなやりとりのあと、葉月は昨日の顛末を話した。彼女は幾度となくリバースし、カブリオレの後ろに嘔吐の後を残したり、また近くの車に直撃させたりしながら、一行は葉月たち一家が住む倉庫を改造した住居までたどり着いたのである。
「いや、激しかった」
「飲み過ぎね、アルコールはカロリーが高いのに」
「水飲む?」
「結構よ」
 フラフラと立ち上がった彼女は、財布の中身があることを確認してから鮪市場をあとにしようとした。見送る葉月。巨大な鉄の扉が軋みながら開くと、午後の強い日差しが二人を突き刺した。
「今日も暑そうだな」
 葉月が言った。
「丁度いいわね。座ってるだけで痩せるわ」
 彼女は別れの言葉も言わずにさっさと歩き出した。あっけに取られて見送る葉月。小さくなった背中が、急に振り返り、またずんずんと大きくなってきた。
「おかえり。早かったね」
「昨日の夕食代。置いて行くわ」
 彼女の手には一万円札が握られていた。
「いらねえよ」
「いいから受け取りなさい」
「いらんって」
「あんたなんかの世話にはならないわ!」
 昨日さんざん迷惑をかけておいて何を言っているんだ、とも思ったが、葉月は無理矢理お札を握らされてしまった。彼女は勝ち誇ったように鼻で笑うと、喋ろうとする葉月の口を自分の口でふさいだ。
「これは昨日の迷惑料」
 そう言うと、昨日の葉月の好きな笑みを見せ、歩幅の大きな足取りで立ち去っていった。

 それ以来、葉月が何回DDD団に顔を出しても、彼女を見かけることはなかった。



1997 Seri Kurosawa



あとがき、のようなもの。
 あとがきって、基本的に恥ずかしいものなので、あんまり読んでくれなくていいです。ただ、せっかく一本読んでもらったので、感謝の気持ちをあらわしたいなあと思うので、心をこめて、書いておきます。

 「羽根のあるひと」とおなじく、「弥生家の物語」と呼ばれる、一連のおはなしのサイドストーリーです。

 「だいこん狩り」は1997年から98年に発行されたフリーペーパー「ピペット」に連載されていました。まだオフセット印刷になる前ですね。

 いまだに私は笑いを書く感覚に疎いと思っているのですが、それは昔から思っていることで、当時の私はそれをなんとかしたいとこのお話を書いた記憶があります。いま読んでみる分には、けっこう面白いんじゃないかと自分では思うんですけどねえ、どうでしょう。ただ、けっきょくお笑いの話は今でも苦手です。演劇にしろ小説にしろ、ギャグができる人たち、笑わせる人たちってすごいですよね。尊敬します。

 弥生家には、世界を作った当時の私の願望がいっぱいに詰め込まれています。面白いのは、そのときの願望はけっこうかなっているんですね。多人数で面白い仲間と住むこととか。書いてみるものです。

 弥生葉月にしろ紫沢俊にせよ、それぞれキャラクターを作った生みの親がいます。彼らは今どこで何をしているのでしょうか。
11 July 2003

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