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クロサワセリの超個人的ページ。
「羽根のあるひと」
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羽根のあるひと
行きずりが多くなると、目が覚めて意外な体験をすることが多くなる。美人がブスになったり、女が男になったり。
葉月もわりと遊ぶ人間だったので、そういうびっくり体験は少ないほうではない。
だが、隣の女に羽根が生えていたのは初めてだった。
「私、羽根が生えてるの」
彼女は缶ビールを飲みながら言った。
葉月は彼女が何を言いたかったのか考えた。自分が自由であることを主張したかったのだろうか。或は、本当に羽根が生えているのだろうか。まあ、それはないだろう。万国びっくりショーじゃないんだから。唐突な冗談の線も考えたが、彼女の瞳を見る限り、そういう面白くもナントもない突拍子の無い話をするタイプのバカでも無さそうだ。葉月は、彼女が自由であるという前提で話を進める事にした。
「オレだって自由だぞ」
彼女はピタリと動作を止めて、三秒ほど静止したまま考えた。葉月のリアクションは今までにないパターンだった。葉月はなおも続ける。
「キミがどれほど自由かは知らんがね、こと気ままに生きるという点に関して人に負ける気はせんね」
彼女はやっと葉月の言っていることを理解した。呆れたような感心したような口調で葉月の言葉を遮った。
「そうじゃなくて、本当に羽根が生えてるのよ」
首筋にキスしながら、シャツのボタンを一つ一つ外していく。左腕は背中に回し、彼女の腰をやわらかに撫でている。ボタンを外し終えると同時に、両手で肩口からシャツを降ろすと、ノーブラの胸が露になった。まあ普通だな、と葉月は思ったが、そう言うことを口に出すとろくなことがないのでなにも言わなかった。
向き合ってベッドに座ったままの彼女の向きをクルリと変えて後ろを向かせる。と、そこには彼女の言ったとおりに立派な羽根が生えていた。
「本当だ」
「信じてなかったの?」
それはまさに羽根だった。翼ではない。天使の翼ではなく、印象としては蜻蛉の羽根に近い。恐らく、広がれば透明になるのだろう。肩甲骨のやや内側に根元が在り、今はくしゃりと小さく折り畳まれていた。
「いいや……信じてたよ」
葉月の頭は冷静に羽根を観察していたが、両手は休み無く彼女の身体をまさぐっている。彼女の息はやや荒くなり、出る声も甘えたものになってきていた。彼女は、自分の左胸の下から包むように揉んでいる葉月の左手をさすりながら、ちょっと左にうつむき加減にながら囁いた。
「羽根……綺麗でしょ」
「ああ」
「あのね……感じると……開くよ」
「フぅん」
葉月は会話よりも身体に神経を集中させながら答えた。彼女は喋りながらも快感の度合を増してきている。背中から抱きついてきている葉月の手首を取り、身体を反転させた勢いでベッドに組み敷くように押し倒す。丁度、葉月と彼女の目があった。彼女は微笑みとも陶酔ともつかない顔をして、言う。
「お願い……あたしをトばせて」
「まあ、言ってみりゃフリークスなのよねー」
全然自覚が無いんだけど、と彼女はカラカラ笑った。
葉月はこういう事をさっぱり言える彼女に好感を持った。
「プールの授業なんかはどうしたんだよ」
「もちろん全休よ。先生に理由を言ってちゃんと休んだわ」
真昼の首都高六号線は思いのほか空いていて、快適なドライブだった。初夏の陽射しはクーラーをかけていても肌に刺さるようだが、彼女はシャツの上にベストを着ている。薄着でいると背中の羽根が見えてしまうからだ。
「生まれてからティーシャツ一枚で出かけたことってないわね」
葉月は車を転がしながら羽根にまつわる話を色々と聞かされた。曰、羽根のおかげでブラが付けられないこと。
「だからノーブラだったわけか」
「そゆこと」
「よかったね、胸小さくて」
「やかましい」
曰、身体測定は全て別室で受けたこと。また、修学旅行も一人別室だったこと。
「学校に行ってたころの友達は『えらい身体の弱い奴だ』とか思ってんじゃないかな」
「おちおち体育も出来ないよな」
「なまじ運動神経がよかったから悔しかったわね」
曰、背中に羽根があると噂が立ったこと。
「まあ、誰も信じなかったけどね」
「普通はな」
「ちょっと我慢してればみんな忘れたわ」
曰。ちゃんとした病気であること。
「たしか背部皮膚なんたらかんたら症だったと思う。一億人に一人くらいいるらしいよ」
「じゃあ中国には十人いるな」
「そうかもね」
曰、彼氏に振られたこと。
「ほら、この姿を見せるのは勇気がいるでしょ」
「まあ最初はな」
「抱かれること自体は別に良かったんだけど、そのへんの踏ん切りがね」
など、など。
車を降りて伸びをしながら、葉月は言った。
「キミは明るいな」
「そう?」
「オレなら結構深刻になるかもしれん」
「ちっちゃい頃は落ち込んだし悩んだけどね」
強い風で乱れた髪を頭を振り後ろに流して、前髪をかきあげ押さえた。そしておどけて見せる。
「おかげで打たれ強くなったわ」
「葉月君も動じない人だね」
「そうか?」
「うん。けっこうみんなひくよ」
「オレの回りは変なのばっかりだからな。羽根が有ってもいいじゃないか」
そう言った葉月の顔は、おもいきり得意げだった。自分の回りにいる人々を、思い切り誇らしく思っていて、それを思い切り自慢したいようだった。
「まあとにかく、それは長所だ」
彼女は楽しそうに苦笑いをして、葉月に言った。
「ありがとう。変なの達によろしくね」
「あ、最後に一つ聞いていい?」
すでに後ろ姿になっていた彼女が立ち止まり、振り返った。
「その羽根、飛べないの?」
いたずらっぽく微笑んで「さあね」と答え、羽根のあるひとは後ろ手で手を振りながらいなくなった。
今では彼女に逢うこともないが、葉月はいまだに思い出す。
ベッドの上縺れ合った彼女の、いまにも飛んでいきそうな美しいつばさを。
May 1997 Seri Kurosawa
あとがき、のようなもの。
あとがきって、基本的に恥ずかしいものなので、あんまり読んでくれなくていいです。ただ、せっかく一本読んでもらったので、感謝の気持ちをあらわしたいなあと思うので、心をこめて、書いておきます。
このお話は、「弥生家の物語」と呼ばれる、一連のおはなしのサイドストーリーです。「弥生家」は1992年から活動している作家ユニット。それぞれが同じ世界観、キャラクターを用いてオムニバス形式で物語を紡いでいます。
「羽根のあるひと」は1997年に、創刊当時のフリーペーパー「ピペット」に連載されていました。「ピペット」は木村音詩郎なんかとAge virus factoryの活動の一環として作っていて、創刊当初は印刷機でがっちゃんがっちゃん刷り、一枚一枚手作業で製本するという、大変地味な活動をしていました。音詩郎とバカ重い紙の束を持って歩いた大井町の坂道を今でも思い出します。
6年前に書いたものというのは、読み返すとけっこう恥ずかしいもので。まあまあ、いいんじゃないでしょうか。若くて。弥生家のお話は他にもいっぱい書いたのですが、そのほとんどは高校生のころの文章なので、さすがに公開するには勇気がいりますな。ただこの「弥生家」シリーズが私がモノを書くきっかけになったことは確かですし、演劇以外の活動で人となにかを作ったのは初めてだったので、たいへん重要で、また思い入れの深い世界です。いづれ機会があったら、またこの世界感で、葉月たちと遊んでみたいなあ、と思います。
11 July 2003
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